「前は結婚を嫌がっていたが、君は特別なのだろうな」
 功之輔の言葉にひやりとした。彼が結婚を嫌がっていると知っているなら、通訳が違うこともバレているのではないだろうか。
「息子はこの見た目なのでね、いろいろあって無口だったんだが、君に対しては良くしゃべるようだ」
 がうがうと吠える声が、止んだ。

 金色の瞳に複雑な色が浮かぶのを見て、燈子はぎゅっと胸が痛んだ。
 嘘を並べたて、ここまで来てしまった。彼の心中など考えず、嫁の来手がないのならむしろ嫁ができてよかったのではと都合よく考えていてもいた。ひどく勝手で許されないことかもしれない。
 とはいえ、あの家にいたら不幸になる未来は目に見えている。
 かくなるうえは、この家で彼ともども幸せになるしかない。

「どうした、颯雅?」
『なんでもない』
 答える彼を見た功之輔は、続いて燈子を見た。

「なんでもないそうです」
「そうか……ならいいんだが」
 ふて寝するようにうつぶせた颯雅の頭を、燈子はおそるおそる撫でた。犬猫は撫でられるのが好きなようだから狼も、と思ったのだ。

『な、なにをする!』
「普通は撫でるものかと思いまして。猫と違って毛が硬いんですね」
『知るか! 失礼すぎるぞ!』
 がうがう吠える彼に、功之輔の苦笑が漏れた。
 功之輔が女中に呼ばれて部屋の外に出ると、颯雅は牙を見せて燈子に唸る。

『お前、絶対に追い出してやる』
「絶対に出て行きません!」
 にらみあうふたりの間には、ばちばちと火花が散っていた。



第二話 終