彼の案内で玄関をくぐると、年配の落ちついた女性が待ち構えていた。白髪頭に無地の着物を着ている。女中頭の彼女は加島(かしま)スエと名乗った。
 彼女の指示で上履き(すりっぱ)に履き替え、リビングに連れられる。

 心地の良いピアノの音が聞こえて、燈子は驚いた。ピアノがあるのだろうか。たいそう高いと聞くのだが。
 開け放たれていたドアをノックし、スエは燈子の到着を知らせた。

「お待ちしていた。どうぞ」
 功之輔に言われ、燈子はおずおずと部屋に入る。
 中には颯雅が伏せて寝ていた。入って来た燈子を見て、座り直す。
 燈子はきょろきょろとピアノを探してしまった。が、どこにもそれは見当たらない。

「どうかされたか?」
「ピアノの音がしたので……」
「蓄音機で鳴らしているのですよ」
「蓄音機?」
「ご存じないか。この円盤を置いて回し、針を置くと音楽が流れるのですよ」
 頭の隅に、以前に新聞で蓄音機の記事が書かれていたのを思い出した。

「実物は初めて見ました。すごいですね」
「お嫌でしたら止めましょう」
「大丈夫です」
 むしろ、この心地よい音楽を聞いていたい。

「さっそくに来て頂いて嬉しいですよ。急な話だったのですが」
『俺は来てほしいなんて思ってない。さっさと帰れ』
「ありがとうございます。彼も歓迎してくれて、本当に嬉しいです」
 ぺこりと頭を下げると、颯雅から唸り声が聞こえた。