翌日の日曜日、綾月家からの迎えの自動車に、燈子はひとりで乗り込んだ。
 見送りは父の正雄だけ。彼は到着した車から降りた運転手がドアを開けると、そうそうに燈子を乗り込ませ、「達者でな」と言い残して家に戻った。

 運転手は、ぽかんとして、それから無言でドアを閉めた。
 運転席に戻った彼は「参ります」と言って車を出す。

 燈子は今日も継ぎのあたった着物で、なんども鼻緒を直した下駄。足袋はない。髪は後ろでひとつに結び、手にした風呂敷に入っているのは同じような襤褸が二着だけ。
 公爵家に嫁に行くのにこんな女がいるだろうか。本当に自分でいいのだろうか。
 そう思いはするが、もう事態は動いている。

 出かける前にはりんごの木に手を合わせた。
 お母様の遺言通り、必ず幸せになります。見ていてね。
お墓に行かせてもらえたことなどないから、場所もわからない。そもそもちゃんと葬ってくれたのかもあやしい。
 心残りはただひとつ、りんごの木。地に生えているものは持っていけない。母との思い出の木であることがバレたから、切られてしまうかもしれない。

 それでも。
 燈子は胸に手を当てる。

 自分自身が、なによりもの母の形見だ。自分を大切にして母を思っていれば、きっと母に届く。
 そう信じる燈子の目はぐっと前を見据えている。

 フロントガラス越しに、立派な洋館が見えて来た。
 木の白い壁に、緑の屋根。天辺には風見鶏がくるくると回る。庭には咲き始めた薔薇がちらほらと顔を覗かせ、蝶がひらりひらりと舞っていた。
 門を越えて玄関につくと、運転手がドアを開けてくれて車を降りた。