見合いの当日、燈子は縁側に腰かけて物思いにふける。
 自室としてあてがわれた物置には窓がなく空を眺めることもできないから縁側の解放感が心地よい。

 今日は麻子が古着屋で買ってきた振袖を着ていた。
 寸法が合わない裄丈(ゆきたけ)を合わせるためにめいっぱい半襟を出したが、これでは下品だと言われそうだ。おはしょりを作るときにも丈が足りずに困った。
 喜美がふくら雀に結んだ帯は嫌がらせでゆるゆるであり、ほどけそうだ。が、見合いの間だけもてばいいのだし、破談になるに違いないし、気にする必要はない。

 反面、ここから逃げ出すチャンスではないか、と思う。
 いったんは婚約をして時期を見て解消してもらう。そうしたらうまく逃げられるのでは。そんな都合よく話が進むだろうか。
 いや、やってみるしかない。どうせダメで元々なのだ。淑女なんて言葉しか知らないからどう振舞えばいいのかわからないが、真世が淑女で通るなら自分でもなんとかなる気がする。

 もし本当に気に入られて結婚することになったら?
 そしたらどうなるのだろう。いい人だといいけれど、いい人ではないから縁談を断られ、落ちぶれた貧乏男爵家に縁談が来たのではないのか。いや、狼の姿だからそれ以前の問題なのか。獣に嫁ぎたい女性などいない、ということなのか。

 帝国の守護神。
 写真で見る限りではすごく立派な狼だった。
 燈子自身、彼が怖い。犬のあやかしに襲われて以降は普通の犬すら怖い。狼なんて目の前に現れたら自分がどうなるかわからない。

 ふと、風が吹いて髪が揺れた。
 ぼさぼさの髪は歯の欠けた櫛で梳いてきたが、飾り気などなにもない。見合いの席にこれでは失礼かもしれない。