雨脚は少しずつ強まり、空のどこか遠くで雷が低く唸った。
アスファルトに跳ねる水は、まるで世界のざわめきが形になったようで、美羽は肩をすくめながら早足になった。
「大丈夫かな……あの人……」
グレーのパーカーの青年の顔が脳裏に浮かぶ。
濡れた睫毛、琥珀色の瞳、かすれた「天使」という声。
(あんなに濡れてて……本当にちゃんと帰れたかな)
考えれば考えるほど不安が広がる。
そんな気持ちを抱えながら家に着くと――。
「ちょっと美羽!?傘持って行ってなかったの!?なんでそんなにびしょ濡れなの!」
母が目を丸くする。
「え、あ……友達に貸しちゃったから!」
美羽は慌てて笑って誤魔化し、差し出されたタオルで頭を拭いた。
階段を上がる前に鈴へ「雨、大丈夫だった?」とメールを送る。
すぐに返事がきた。
『うん!お兄ちゃん迎えに来てくれたから大丈夫〜!』
「そっかぁ……よかった……」
安心したと同時に、
“お兄ちゃん”の文字に胸がドキンと跳ねた。
(椿くんも鈴ちゃんも無事でよかった……
でも、お迎えに行く椿くん……かっこよ……)
そんな気恥ずかしさを誤魔化すように、「お風呂お風呂!!」と声に出して美羽は逃げるように浴室へ向かった。
*
翌朝。
カーテンの隙間から差し込む光は明るいのに、身体はずっしりと重かった。
「ん……寒……っ」
布団の中で震えながら体温計を見て、美羽は絶望の声を漏らした。
「38度!? うそぉおおお……
……これは……休むしかない……」
そこに母の顔がのぞき込む。
「ほら見なさい!昨日の雨のせいよ。学校には連絡しとくから、今日はゆっくり寝ときなさいね。」
「はーい……」
美羽は莉子にも連絡した。
『風邪ひいちゃったから休むねー』
すぐに返事が返ってくる。
『えええ!?美羽大丈夫なの!?お見舞いこうか!!?』
『すぐ治るからいいよ〜ありがと、莉子』
返信してからママが作ってくれたお粥を食べ、薬を飲んでそのまま布団に潜り込んだ。
どれくらい眠っただろう。
外はすっかり昼すぎで、自分の身体とは反対に、カーテンから見える景色は晴れ晴れとしていた。
――ちょうどそんな時。
「きゃあああああああ!!?」
家中に響く母の悲鳴。
「なに!?強盗!?!?」
美羽は重たい身体を無理に引き起こし、
壁に手をつきながら階段を降りていく。
「ママ!?大丈夫!?」
息を切らせて階段を降りた美羽が見た光景は――
玄関で固まる母と、
その横に立つ、黒薔薇学園の制服姿の――
北条椿。
「……え?!つ、椿…くん……!?!?!?!?」
美羽はその場にしゃがみ込んだ。
(うそっ……なんで椿くんが……私の……家に……!?
てか……熱で幻覚見てる?)
だが、母はすでに暴走していた。
「ちょっと美羽ーーー!?
なによ、こんなイケメンの彼氏がいるのを隠してたなんてどういうことぉ!!
ママにだけ秘密だなんてひどいじゃない〜〜!!」
「い、いや、えっ?えっ?」
(待ってママ!?状況が飲み込めないんだけど!!)
母は完全に舞い上がり、
「えっと、椿くん?って呼んでいいのかしら?!もう入って入って!!」
と椿の腕を引っ張り、べたべた触り始めていた。
「はぁ……どうも……」
椿は困ったように笑った。
美羽は顔を覆いたくなる。
(なんでこういう時だけコミュ力高いのママ……!!)
その瞬間――眩暈が一気に押し寄せた。
「っ……」
「美羽!?」
椿が一気に駆け寄り、美羽の身体を抱きとめた。
「ご、ごめん……椿くん……」
声も弱く震えている。
「無理すんな。熱、あんだろ。」
椿は迷いなく美羽を抱え上げる。
「きゃーーーーーーー!!!
リアルお姫様抱っこーーーー!!
椿くん!!あとは美羽のことお願いね!!!」
母の歓声が家中に響いた。
(もう……やだ……恥ずかしさで死ぬ……)
椿は軽くため息をつきながら、美羽をしっかり抱えたまま階段を上がった。
「ちょ、ちょっと……!椿くん……
私、お風呂入ってないし汚いよ?!……」
「いいから、じっとしとけ。」
それがまたドキドキする。
「ほら。部屋、どこだ?」
「……そこ……」
椿は美羽をベッドにそっと横たえた。
椿の額が美羽の額に触れ、眉を寄せる。
「熱、まだ高いな。」
「…つ!」
「お見舞い…来てくれたの?」
「あぁ。莉子が騒ぎまくってたからな。
“美羽が死にかけてる〜〜!!”とか言ってよ。」
「もぅ。莉子ったら……」
「あと住所は……先生脅したらすぐ教えてくれた。」
「お、脅したって……椿くん……」
思わず笑うと、椿も口元で笑った。
「お前が休むなんて珍しいからな。
……心配した。」
その低い声は熱でぼんやりする頭に、とてもやさしく響いた。
「鈴ちゃんも……きっと心配してたよね……ごめんね」
「鈴はいい。
それより、お前……」
椿は美羽の髪をそっと払う。
「無防備すぎ。
……俺以外のやつに、こんな顔見せんなよ。」
「え……?」
「……美羽が心配でずっと頭から離れなかった。」
視線が絡んで、心臓が跳ねる。
(なにそれ、そんな顔……反則だよ……)
熱なのかドキドキなのかわからない。
ただ、一つだけ確かなのは――
椿の瞳が、どこまでも真っ直ぐに自分を見ているということだった。
アスファルトに跳ねる水は、まるで世界のざわめきが形になったようで、美羽は肩をすくめながら早足になった。
「大丈夫かな……あの人……」
グレーのパーカーの青年の顔が脳裏に浮かぶ。
濡れた睫毛、琥珀色の瞳、かすれた「天使」という声。
(あんなに濡れてて……本当にちゃんと帰れたかな)
考えれば考えるほど不安が広がる。
そんな気持ちを抱えながら家に着くと――。
「ちょっと美羽!?傘持って行ってなかったの!?なんでそんなにびしょ濡れなの!」
母が目を丸くする。
「え、あ……友達に貸しちゃったから!」
美羽は慌てて笑って誤魔化し、差し出されたタオルで頭を拭いた。
階段を上がる前に鈴へ「雨、大丈夫だった?」とメールを送る。
すぐに返事がきた。
『うん!お兄ちゃん迎えに来てくれたから大丈夫〜!』
「そっかぁ……よかった……」
安心したと同時に、
“お兄ちゃん”の文字に胸がドキンと跳ねた。
(椿くんも鈴ちゃんも無事でよかった……
でも、お迎えに行く椿くん……かっこよ……)
そんな気恥ずかしさを誤魔化すように、「お風呂お風呂!!」と声に出して美羽は逃げるように浴室へ向かった。
*
翌朝。
カーテンの隙間から差し込む光は明るいのに、身体はずっしりと重かった。
「ん……寒……っ」
布団の中で震えながら体温計を見て、美羽は絶望の声を漏らした。
「38度!? うそぉおおお……
……これは……休むしかない……」
そこに母の顔がのぞき込む。
「ほら見なさい!昨日の雨のせいよ。学校には連絡しとくから、今日はゆっくり寝ときなさいね。」
「はーい……」
美羽は莉子にも連絡した。
『風邪ひいちゃったから休むねー』
すぐに返事が返ってくる。
『えええ!?美羽大丈夫なの!?お見舞いこうか!!?』
『すぐ治るからいいよ〜ありがと、莉子』
返信してからママが作ってくれたお粥を食べ、薬を飲んでそのまま布団に潜り込んだ。
どれくらい眠っただろう。
外はすっかり昼すぎで、自分の身体とは反対に、カーテンから見える景色は晴れ晴れとしていた。
――ちょうどそんな時。
「きゃあああああああ!!?」
家中に響く母の悲鳴。
「なに!?強盗!?!?」
美羽は重たい身体を無理に引き起こし、
壁に手をつきながら階段を降りていく。
「ママ!?大丈夫!?」
息を切らせて階段を降りた美羽が見た光景は――
玄関で固まる母と、
その横に立つ、黒薔薇学園の制服姿の――
北条椿。
「……え?!つ、椿…くん……!?!?!?!?」
美羽はその場にしゃがみ込んだ。
(うそっ……なんで椿くんが……私の……家に……!?
てか……熱で幻覚見てる?)
だが、母はすでに暴走していた。
「ちょっと美羽ーーー!?
なによ、こんなイケメンの彼氏がいるのを隠してたなんてどういうことぉ!!
ママにだけ秘密だなんてひどいじゃない〜〜!!」
「い、いや、えっ?えっ?」
(待ってママ!?状況が飲み込めないんだけど!!)
母は完全に舞い上がり、
「えっと、椿くん?って呼んでいいのかしら?!もう入って入って!!」
と椿の腕を引っ張り、べたべた触り始めていた。
「はぁ……どうも……」
椿は困ったように笑った。
美羽は顔を覆いたくなる。
(なんでこういう時だけコミュ力高いのママ……!!)
その瞬間――眩暈が一気に押し寄せた。
「っ……」
「美羽!?」
椿が一気に駆け寄り、美羽の身体を抱きとめた。
「ご、ごめん……椿くん……」
声も弱く震えている。
「無理すんな。熱、あんだろ。」
椿は迷いなく美羽を抱え上げる。
「きゃーーーーーーー!!!
リアルお姫様抱っこーーーー!!
椿くん!!あとは美羽のことお願いね!!!」
母の歓声が家中に響いた。
(もう……やだ……恥ずかしさで死ぬ……)
椿は軽くため息をつきながら、美羽をしっかり抱えたまま階段を上がった。
「ちょ、ちょっと……!椿くん……
私、お風呂入ってないし汚いよ?!……」
「いいから、じっとしとけ。」
それがまたドキドキする。
「ほら。部屋、どこだ?」
「……そこ……」
椿は美羽をベッドにそっと横たえた。
椿の額が美羽の額に触れ、眉を寄せる。
「熱、まだ高いな。」
「…つ!」
「お見舞い…来てくれたの?」
「あぁ。莉子が騒ぎまくってたからな。
“美羽が死にかけてる〜〜!!”とか言ってよ。」
「もぅ。莉子ったら……」
「あと住所は……先生脅したらすぐ教えてくれた。」
「お、脅したって……椿くん……」
思わず笑うと、椿も口元で笑った。
「お前が休むなんて珍しいからな。
……心配した。」
その低い声は熱でぼんやりする頭に、とてもやさしく響いた。
「鈴ちゃんも……きっと心配してたよね……ごめんね」
「鈴はいい。
それより、お前……」
椿は美羽の髪をそっと払う。
「無防備すぎ。
……俺以外のやつに、こんな顔見せんなよ。」
「え……?」
「……美羽が心配でずっと頭から離れなかった。」
視線が絡んで、心臓が跳ねる。
(なにそれ、そんな顔……反則だよ……)
熱なのかドキドキなのかわからない。
ただ、一つだけ確かなのは――
椿の瞳が、どこまでも真っ直ぐに自分を見ているということだった。



