放課後の空気は、春特有の柔らかい黄金色で満たされていた。
桜の花びらが風に舞い、歩道にうっすらと桃色の絨毯を敷いていく。

 そんな道を、美羽と椿はふたり並んで歩いていた。
けれど、隣を歩く椿はどこか遠くを見るような目をしていた。

(椿くん……やっぱり秋人くんのこと、気にしてるんだ……)

 莉子から聞いた話が脳裏によぎる。
あれから秋人は白百合を抜け、人が変わったように素行が良くなり、
春休みにアメリカへ留学したという。

「いいよねぇ、頭の良い双子って!」
莉子は悔しそうにそう言いながらも、
「でもね、お兄ちゃん、今は私にだけ優しいの。」とどこか嬉しそうに話していた。

 美羽は椿の横顔を見つめる。

(少しでも気持ちが軽くなればいいのに……)

 そんな思いで、とっさに声を出した。

「ね、ねぇ椿くん!……アイス食べない?」

 椿は瞬きし、ほんの少し驚いた顔をした。

「あ?……あぁ」

 その気の抜けた返事に、美羽はふっと笑い、
椿の手を取ってコンビニの方へぐいっと引いた。

「お、おい、美羽……!?」

「しんみりしちゃう雰囲気だったからさ!
 ちょっと気分転換!!ね?」

 笑顔を向けると、椿はふっと口元をゆるませた。

「……はぁ……しゃーねぇな。」

 その小さな笑顔に、美羽の胸がじんと温かくなる。



 コンビニの前の公園。
夕陽がベンチをオレンジ色に染めていた。

「ん〜〜っ!おいし〜〜♡」

 チョコアイスを食べて幸せ全開な美羽を、
椿は隣でバニラの棒アイスをかじりながら見つめていた。

 ふ、と。
椿が笑った。

「……椿くん、やっと笑った!」

「ん?」

 不思議そうに眉を上げる椿に、美羽は照れくさそうに笑って言った。

「だって……椿くん、さっきから難しい顔ばっかりしてたから。
 少しでも和んでくれたらなって……」

 その言葉に椿は目を細めた。

「……悪い。銀狼と秋人のこと考えてた。」

「椿くん……」

「秋人は……中等部のときずっと一緒だった。

 まぁでも、あんな別れ方したら、連絡取る気にもなんねぇよ。
 日頃から何考えてるのかも分かんねぇ奴だしな。」

 椿は空を見上げ、少し笑うでもなく息をついた。

(そっか……椿くんの中では、まだ秋人くんとの関係はうやむやなままなんだなぁ……)

 美羽はアイスを握りしめ、小さく呟いた。

「……なんだか、寂しいね。」

 椿が横を向いた瞬間、彼の視線が止まった。

「美羽。」

「え?」

 次の瞬間――。

 椿の顔が美羽のすぐ近くまで寄った。

 舌先が、美羽の唇の端についたチョコを――
そっと舐め取った。

「えええええええっ!?!?
 つつつ椿くんっ!?!?」

 美羽はベンチから飛び上がりそうになり、
顔は一瞬で真っ赤に染まった。

「な、な、な、何するのっ!?」

 椿はバニラアイスを持ったまま、
口元で悪戯っぽく笑った。

「……美味そうなの付いてた。」

 そして舌で唇を軽くなぞる。

 その仕草があまりに色っぽくて、
美羽の心臓は爆発寸前だった。

(む、むむ無理……椿くんのこういうの……反則なんですけどぉ……!!)

 視線を逸らして縮こまる美羽に、
椿はふっと優しく声を落とした。

「……ありがとな。心配してくれたんだろ?」

「っ……もう……椿くんの……ばか……」

 美羽がうつむきながら言うと、
椿は小さく笑って、美羽の髪をそっと梳いた。

 夕暮れの光が、二人の影をひとつに重ねていく。
風が柔らかく吹き抜け、桜の花びらがふわりと舞った。

 その公園のベンチには、
恋に落ちてしまったひとりの少女と、
彼女にどうしようもなく夢中な青年がいた。