危険すぎる恋に、落ちてしまいました。2

竹林を駆け抜けると、空はいつの間にか灰色に染まっていた。
細い竹たちが風に揺れて、ざわざわと耳を刺す。

「……っ、なんで、あんな……!」

美羽は息を切らし、涙をこらえながら歩いた。
胸が痛くて、足がもつれそうになる。

(幼馴染?
あんな可愛い子が?
幼馴染でキスなんかするの?!)

ぐっと唇を噛んだ瞬間、
ぽつ、
ぽつ、
と頬に冷たいものが落ちてきた。

「……雨?」

空が泣きだしたように、ゆっくりと細い雨粒が落ちてくる。

人通りも少ない竹林の奥で、美羽はひとり立ち止まった。

(椿くんも悪いけど……
私だって秋人くんのことで疑われて……
もう……なんか頭の中がぐちゃぐちゃ……苦しいよ……)

視界がにじむ。

その時――

「美羽!!」

名前を呼ぶ声が、雨の中を割った。

振り返ると、椿が走ってきていた。
白いシャツは雨で濡れ、前髪は額に張り付いている。
それでも必死に美羽を探していたことが、ひと目で分かった。

美羽は思わず背ける。

「……来ないで。」

椿は少しだけ眉をひそめ、歩みを緩めた。

「来ないでって……お前、何で逃げんだよ。」

「逃げたくもなるよ!あんな可愛い子に抱きつかれて、ほっぺにキスされて……!!椿くんが悪いんじゃん!!」

言い終わると同時に、涙がぽたぽたと雨と一緒に落ちた。

椿は黙って美羽を見た。
じっと、長いまつげに濡れた滴まで見える距離で。

そして――

「バーカ。」

低く短く、でもなぜか優しく。

美羽は睨む。

「ばっ……!?なんで私がバカなのよ!?」

椿は前髪をかきあげ、深くため息を吐いた。

「言っとくけど、真白は男だぞ。」

「…………え?」

雨音が止まったように感じた。

「お、男?」

「ついでに言っとくと、抱きつき魔で、人の話聞かねぇヤツだ。
幼馴染だけど……俺はあいつをそういう目で見たことねぇよ。
てか、お前も最後まで人の話聞けよっ……」

美羽は呆然。

雨に濡れた竹林が、なんだか遠くへひいていくような感覚。

椿は近づき、濡れた髪からぽたぽたと水滴をこぼしながら笑った。

「はぁ……珍しく可愛い妬きもちだな?美羽?」

その一言で、美羽の顔は一瞬で全てを悟り真っ赤になった。

「~~~っ!!」

逃げたくなって後ずさる。

「ご、ごめんなさい……!」

椿はさらに一歩踏み出した。

「美羽、顔見せろ。」

美羽は両手で顔を覆った。

「や、やだっ!!今ぜっっっ対、変な顔してるもん!!」

椿はその手をそっと掴む。
ゆっくり指をほどき、美羽の顔を覗き込む。

濡れたまつげ、赤い目、赤い頬。
全部、椿の瞳に映っていた。

「……ぷっ。」

笑った。

「もう!!笑わないでよ!!!」

椿は美羽のほっぺに、軽くキスを落とした。

「……可愛い。」

「な、なんでほっぺなの…」

むくれながら尋ねる美羽。

椿はニヤリと笑った。

「さあな?口にしてほしかったら、お前から欲しがれよ?」

美羽は爆発するように赤くなる。

「ず、ずるい!椿くんのバカ!!」

バシバシ椿の胸を叩く。

椿はその手を受け止め、笑いながら囁く。

「はいはい。……こっち来い。」

そう言って、美羽の顎をそっと持ち上げ――

椿が唇を重ねた。
雨の音が消えるような、深くて甘いキス。

離れたあと、美羽は呆れたように笑う。

「私って……結局椿くんに翻弄されてない?」

椿は笑った。

「今さら気付いたのか?」

美羽は雨の中で顔を隠した。

「もー……やっぱり椿くんのバカ……」

その言葉すら、甘く溶けていった。

竹林の雨が優しく二人を包む――
そんな、恋が深まる秋の修学旅行の一幕だった。