クラス替え掲示板で悲鳴を上げてから、
新しいクラスの教室へと向かう美羽たち。

美羽と莉子は、新しい教室の前で立ち止まった。

「……よし。入るよ、莉子。」

「うんっ、美羽。いくよ!」

 ふたりで扉を引くと、早速ざわめきが広がった。

「……本物だ……雨宮美羽。」
「“戦血姫”って噂の……マジで可愛いじゃん。」
「椿くんの彼女だろ?とんでもねぇ……」
「えぐ……あの顔で最強なんでしょ……?」

 男子も女子も、好奇心の目を惜しげもなく向けてくる。
美羽は顔をひくつかせた。

「もう……目立ちたくないのに……」

「ふふっ。美羽、人気者だねぇ!」
莉子が嬉しそうに肘でつつく。

「やめてよ〜、莉子ぉ……こっちは生きてるだけで精一杯なの……」

 選ばれた席は、日当たりのいい窓際の一番後ろ。
そして隣は、もちろん莉子。

「わぁっ!美羽の隣〜!最高!!」

「莉子、落ち着いて……!」

 美羽は窓を少し開け、
春の風を胸いっぱいに吸い込む。

 校庭の桜は満開。
淡いピンクの花びらが陽に透けて、まるで光そのものみたいに見えた。

(春……だなぁ……
 でも……あそこ、運動場。ってことは……)

 ふと胸が跳ねる。

(体育の時間で……椿くん見れるかも!!)

「あ~!美羽、なんか椿くんのこと想像したでしょ?」

「えっ!?な、なんのこと……っ!」

 莉子はニヤァっと笑う。

「椿くんの体操着姿、運動場で見れるかも〜って顔!してた!」

「し、してない!!」

 しかし耳は真っ赤だった。

 ——そんな平和な春の始まりは、
午後、生徒会に向かった美羽を待つ「影」で打ち消されることになる。



 黒薔薇生徒会室。
花の香りとは無縁の、張りつめた空気。

 玲央がパソコンを叩きながら口を開いた。

「……“銀狼(ぎんろう)チーム”が、最近騒ぎ始めている。」

 碧の表情が引き締まる。

「銀狼って、黒薔薇と同格と言われているチームですよね。
 一度も対立したことはないみたいですけど……」

 悠真が肩をすくめる。

「強いらしいよ。黒薔薇と五分か、それ以上。
 あんまり関わりたくないタイプだよね。」

「えぇ……また暴走族?」
美羽は眉をひそめる。

 その時、椿が静かに口を開いた。

「……銀華狼芽(ぎんかろうが)学園の暴走族だ。
 略して“銀狼”。
 中等部の頃、秋人とやり合ったのがあいつらだ。」

「! 秋人くんの……あの怪我の事件……?」

 美羽の表情が沈む。

 遼がため息をつく。

「まじか……じゃあ結構ヤバいじゃん。
 何するかわかんねぇぞ、そういう連中。」

 碧がさらに補足した。

「聞いたことあります。
 強い人材を片っ端からスカウトして、
 喧嘩の才能を“買う”……そんなチームらしいですよ。
 やってることは窃盗も暴力も犯罪すれすれ……いや、もうアウトでしょうけどね。」

「……もしかすると、戦血姫の噂を聞きつけて動いているのかもしれん。」
玲央が眼鏡の奥から美羽を見つめた。
「雨宮美羽……くれぐれも気を付けろ。」

 美羽は小さく息を飲む。

(戦血姫……そんな噂のせいで……?
 わたし……ほんとは、ただ平穏に生きたいだけなのに……)

 だが、その肩にそっと大きな手が乗った。

「安心しろ。」

 椿の声はいつもより低く、
それでもどこか優しかった。

「美羽は……俺が必ず守る。」

 ふ、と心の緊張がゆるみ、
美羽は小さく笑った。

「……うん、椿くん。」

 窓の向こうで、春風がカーテンを揺らす。

 甘くて、少しだけ不穏な春が、静かに幕を開けていた。