危険すぎる恋に、落ちてしまいました。2

その言葉は、ずっと昔に聞きたかったものだった。

けれど――
今は、違う。

美羽は、そっと微笑んだ。

「林くん……ごめんね。私、行かないと。」

林の目が少し驚く。

美羽は胸に手を当てて、ゆっくり言った。

「林くんのこと、今でも大事な思い出だよ。でも……私、今一番大切にしたい人がいるの。その人は、ずっと私の事待ってるから。」

林は数秒黙り、穏やかに息をついた。

「……そっか。そうだよね。雨宮さん、あの頃と違って、君は今、とても幸せそうな顔してる。きっと雨宮さんの事、大好きなんだろうね。」

その声は少しだけ寂しくて、でも優しかった。

「幸せになってね、雨宮さん。」

「うん。林くんも、ね!」

美羽は小さく手を振り背を向けた。


そして――

走り出した。

人混みも、花火の音も、胸のざわめきも。
全部かき消すくらい、ただ真っ直ぐに。

(私、椿くんに……早く会いたい!)

夜空にひらく大きな花火が、走る美羽の影を照らした。

息が苦しくても止まれなかった。

花火の轟音が夜空に揺れている。
人混みを押し分けて走るたびに、浴衣の裾がふわりと浮き、裸足に近い足裏が地面の熱をつかんだ。

(椿くん……どこ……?)

息が苦しいのに、胸の奥はもっと苦しくて。
とにかく会いたかった。
今すぐに顔を見たかった。

そして――

提灯が並ぶ広場の向こうに、ひとり立つ背中が見えた。

強く、迷いなく、美しく。
夏の空気の中で、ただひとつ探していた形。

思わず声がほとばしる。

「椿くんっ!!」

振り返る椿の目が見えた瞬間、堪えていた涙が一気に溢れた。
うまく息が吸えず、景色がじわっと滲んだ。

椿は驚いたように瞬きをしたあと、
すぐに駆け寄り、美羽の腕をつかんだ。

「美羽!……どこ行ってたんだ。心配しただろ。」

その声が震えていて、胸がいっぱいになった。

「ご、ごめんなさい……!!
椿くん、会いたかった……!」

涙の混じった声が自分でも驚くほど素直だった。

ドン、と大きな花火が夜空に開き、
その光が二人の影を寄り添わせる。

――ようやく、初恋に区切りをつけた。
そのことを伝えなきゃ。

美羽は一度深く息を吸い、椿のシャツの胸元をぎゅっと掴んで言った。

「椿くん。私ね…初恋にさよならしてきた!」

椿の目がゆっくりと見開かれた。

「……は?」

「えっと!!だから……今の私は、椿くんが好きでいっぱいなの!
絶対、ほかの誰にも揺れたりしないよ!」

風さえ止まったような静寂。

その沈黙に耐えきれず、美羽は思わず椿にぎゅっと抱きついた。

「美羽?」

驚いている椿の声。
でも、美羽はもう止まれなかった。

椿の頬にそっと手を添える。
その熱さに、胸が一瞬ふるえた。

そして――
美羽は椿の唇に素早くキスをした。

ほんの一瞬。
けれど、夏のどの花火よりまぶしくて。

離れたとき、椿は固まったまま目を瞬かせていた。
その顔があまりにも椿らしくて、美羽は目を潤ませながら笑った。

「大好きだよ。椿くん。」

次の瞬間、椿の腕が強く、美羽を抱きしめた。

逃がさない、と言うように。

「美羽っ…」

胸に押し付けられた鼓動が、速くて、熱かった。

そして――
椿は美羽の口を塞ぐように、長く深いキスを落とした。

花火の爆音が二人を包む。
光が、影が、夏の匂いが、全部二人を染めていく。

息が苦しいくらい、でも幸せで泣きたくなるほどのキス。

美羽は椿の浴衣の袖を、しっかり掴んだ。

離れたあと、椿は美羽の額に額を寄せ、かすかに笑った。

「……ばーか。帰ってくるの、遅ぇよ。」

最後の花火が夜空を染める中、
二人はただ、互いを抱きしめて立っていた。

初恋は終わった。
でも、その先にある恋は――
もっと強く、もっと深く、美羽の中で輝いていた。