危険すぎる恋に、落ちてしまいました。2

ロビーの白い床が、朝の光を反射してきらきらしていた。
到着した瞬間、その中にいる莉子が大きく手を振った。

「美羽ー!!椿くんも!!」

思わず美羽は走りかけて、

「ちょっと莉子!!こんなことなら、連絡してよ~!」

「ごめんごめん、私もついさっき知らされたの!お兄ちゃん、ほんと教秘密主義だから!」

莉子は舌を出しながら秋人の隣でぴょんぴょん跳ねている。

秋人は、淡い光をまとったオッドアイを向けてきて、
どこか旅立ちの人のような澄んだ笑顔を浮かべた。

「椿、それに美羽ちゃんも。来てくれたんだね。ありがとう。」

椿はそっぽを向いたまま、短く言う。

「…ったりめぇだろ。」

美羽はそんな椿の横顔に小さく苦笑する。

「なんか、素直じゃないね椿くん。」

(……ほんと、わかりやすく照れてる……)

すると秋人が、ゆっくりと美羽の前に来て、
言葉の温度をひとつ上げた。

「そういえば美羽ちゃん。あの返事、考えてくれた?」

「えっ」

莉子が何やら興味津々だ。

「お兄ちゃん?え?!なになに?!どういうこと?!美羽?!」

椿は一瞬で眉間に深いシワを刻む。

「秋人。冗談がすぎるぞ?」

秋人は肩をすくめて、ふふっと笑った。

「冗談?やだなぁ。椿、俺は――本気だけど?」

その瞬間、空気がピキッと音を立てたような気がした。
椿と秋人の間に薄い火花が散る。

「ちょ、ちょっと!ふたりとも!!」
美羽は慌てて両手をばたつかせる。

「と、とにかく秋人くん!!ごめんなさい!私はっ……!」

必死に口を開いたその瞬間――

秋人が吹き出した。

「はははっ……!」

美羽はぽかんと固まる。

「え……?」

「俺はね、ふたりのことが好きだよ。」

秋人は優しく笑う。その笑顔は、どこか寂しさを含んでいた。
椿が目を見開く。

「秋人……」

「あーあ、こんな美羽ちゃんの可愛い所、椿は一番最初に気づいたんだろうねぇ。はぁ…、ちょっと悔しいなぁ~… 」

その言葉が終わるか終わらないかのうちに――

ふっと秋人の姿が近づき、
瞬きをした時にはもう、美羽の額にあたたかな感触が落ちていた。

「…へ?」

美羽は現実が理解できず固まる。

遅れて椿の声が爆発した。

「なっ!!秋人!!」

秋人はしてやったりといった顔で椿を見る。

「おでこだし挨拶みたいなもんだよ?
心が狭いなぁ~椿は。そんなじゃ美羽ちゃんに愛想つかされるよ?」

「誰がだ!!」

椿が怒鳴るが、秋人は余裕の笑みのままキャリーバッグを引き始めた。

「じゃ、俺行くよ。
――椿!」

ゆっくり振り返る。

オッドアイが、朝の光に震えている。

「美羽ちゃん悲しませたら……今度は俺が美羽ちゃんをもらうからね。」

「ちょ、ちょっと!?…秋人くんがそれ言う?」
美羽は顔を真っ赤にして叫ぶ。

秋人は軽く手を振り、ゲートの奥へ消えていった。

美羽はその場で固まるしかなかった。

(え、え、えぇぇぇ……!?)

隣では椿が息を吸い込んで、美羽に向き直る。

「……美羽。ちょっとこい。」

腕をぐいっと掴まれ、

「えっ、え?ちょ、椿くん?!?」

莉子は横で「ひゃーー!!」と奇声を上げている。

物陰に引かれたと思った瞬間――
美羽の額に、そっと椿の唇が触れた。



あまりにも唐突で、
秋人のそれとは違う、熱がこもった触れ方だった。

「え……!?」

椿は真っ赤な耳を見せながら、そっぽを向いた。

「ばーか。消毒だ!」

そう言い捨てて、先に歩いていく。

美羽はしばらく動けなかった。
胸が、痛いほどドクドクしている。

(な……なに今の……)

数秒遅れて、顔が沸騰するみたいに熱くなった。

「……っ!!」

空港の冷房が効いているはずなのに、
美羽の温度だけが上がっていく。

莉子が遠くから叫ぶ。

「きゃーーー!!二人とも最高すぎるんだけどーーー!!」

青く広がる空港の天井の下、
恋と嫉妬と別れと再会の余韻が、
ゆっくりと美羽の胸に沈んでいった。