倉庫の埃っぽい空気の中。
血と鉄の匂いの中で――

その姿は、あまりにも場違いなほど“美しかった”。

秋人は、怜を吹き飛ばした勢いのまま、
ふらつく美羽の身体をしっかりと支える。

「大丈夫かい?」

その声は、驚くほど穏やかで優しい。

美羽の視界に、
左右で色の違う瞳――
神秘に輝くオッドアイが映る。

世界が一瞬、
淡い白と紺の光に滲んだように見えた。

思わず、美羽は呟いた。

「……きれい……」

秋人の動きが、ふっと止まった。

そして――少し寂しそうに笑った。

「はは、そんなこと言うの、君くらいだよ。」

(前は、目を瞑って怪我の跡を見せてくれていたから、気付かなかったけど、秋人くん、目の色が違うんだ…)

美羽がそう思っていると、
秋人はそっと美羽の身体を抱え上げた。

「さ、今のうちに。安全なところへ。」

軽々と――お姫様抱っこされる。

美羽は、驚きすぎて声も出ない。

秋人は、ゆっくり椿の前に美羽を降ろした。

椿は、震える手で美羽を抱き寄せる。

「美羽……!」

その声は、涙をこらえているみたいに震えていた。

美羽も、椿の胸に顔をうずめる。

「椿くん……よかった……」

心臓が痛いほどに熱くなる。
守られた腕の中で、美羽の世界がやっと戻ってきた。

そんな二人を見て、秋人はふっと笑った。

「莉子がさ、美羽ちゃんが危ないって泣きながら連絡してきてね。
……心配になって、アメリカから戻ってきちゃった。」

椿が目を見開く。

その背筋に、何か張りつめていたものがほどけていく。

秋人は背を向けたまま、ぽつりと続けた。

「それと……椿にずっと謝りたかった。」

ゆっくり振り返り、柔らかい笑みを浮かべた。

「椿、まだ……俺の親友でいてくれる?」

椿は目を見開いたまま、ぽかんとしていた。

そして――肩を震わせて、鼻で笑った。

「はっ、ばーか。いちいちアメリカから戻ってくるか?普通。」

その言葉を聞いた瞬間、
美羽の胸がじんと熱くなった。

椿の声には、確かに“嬉しさ”が混ざっていた。

秋人は、心底ほっとしたように目を伏せる。

(……あぁ。
この二人、どんな形でも親友なんだ。
壊れそうで壊れない、ずっと繋がってるんだ……)

美羽は胸がいっぱいになった。

秋人は美羽の方へ向き直った。

「それと、美羽ちゃん。」

「え……?」

秋人は、美羽の額のたんこぶにそっと指を触れた。

「頭にたんこぶが出来てるから、安静にしといた方がいい。君は一応、俺たちに"守られる女の子"…なんだろ?」

にこ、と悪戯っぽく微笑む。

美羽は、顔が真っ赤になった。

「い、一応って何よ……!!」

椿は、美羽を安心させるように抱き寄せる。

そして、ゆっくりと立ち上がった。

痛みに顔をゆがめながらも、
視線はまっすぐだった。

「秋人。」

「ん?」

椿は、口元の血を乱暴に拭い、決意の表情を見せた。

美羽が焦ったように腕を伸ばす。

「椿くん、大丈夫なの!?
あばら折れてるんでしょ、動いちゃだめだよ…!」

椿は美羽の頭を軽く撫でた。

「美羽、黙ってお前は俺に守られてろ。色々格好つかねーだろ。それに、――今は秋人がいる。」

美羽の胸が、ぎゅうっと苦しくなる。

「……うん……わかった。
椿くん、無理だけは……しないでね……」

その“好き”が、胸から溢れて止まらなかった。

美羽がそっと離れた位置に座る。

――そのとき。

「けほっ……けほっ……!」

怜がむくりと上半身を起こした。

顔に怒りの影を落としながら立ち上がる。

「いっ……てぇ……
何するんだよ……
せっかく良いところだったのに……!
僕のお姫様を返せよぉ!!」

怜の金色の瞳が狂気で濁る。

しかし――
秋人は怜を見下ろすように立ち、
表情ひとつ変えない。

「久しぶりだね、神楽怜。今でも僕は右目がうずいてしかたないよ。ちょうどいい、椿と敵討ちといこうか。」

怜の口角が、不気味に上がった。

「あははははは、あぁ…前に俺がナイフで目を刺した君かあ。あの時はずいぶんと楽しませてもらったよ。敵討ち?笑わせてくれるねぇ!」

怜が指を鳴らした。

「お前ら、出てこい。」

残っていた手下たちがぞろぞろと現れ、
椿と秋人を囲む。

椿は、拳を握りしめて秋人の横に立つ。

「上等だ……秋人。いくぞ。」

秋人も椿の背に自分の背を合わせ、口角を上げた。

「あぁ。任せろ、椿。」

かつての親友同士が背中合わせに立った瞬間、
空気が変わった。

美羽は、その二つの背中を見つめながら――
胸が熱くて、苦しいほどに震えていた。

(……椿くん……秋人くん……
どうか……どうか無事でいて……!)

二つの影が、照明に伸びて重なる。

友情が、再び戦場でひとつになった。