バイクのタイヤが砂利を踏みしめて止まった瞬間、
美羽は椿に手を取られ、ふらりと地面に降り立った。

「はぁ……まだ揺れてる……」
膝が笑い、少しよろける美羽。

そんな美羽を横目に、椿は荒々しくヘルメットを外し、
倉庫を睨みつけた。

「……行くぞ、美羽。」

椿の声に迷いは一切ない。
美羽は深く息を吸い、ぎゅっと拳を握った。

「うん!」

二人は並んで巨大な倉庫の扉を押し開ける。

中は静寂に包まれていた。
薄暗く、埃っぽい。
何かが潜んでいる気配だけが肌を撫でる。

――カツ、カツ。

ゆっくり近づく足音。

そして、闇からすっと現れたその男。

神楽怜。

月の光を背負い、琥珀色の瞳が妖しく光った。

「ようこそ、僕のお姫様。
待ってたよ。……あぁ、北条椿もいたんだね?」

美羽の心臓がひゅっとすぼむ。

一方椿は、一切の表情を消し、冷たい声で言い放った。

「……あいつらはどこだ。」

黒薔薇の王としての“威圧”が、空気を震わせた。

怜はそれさえ楽しむように、にやりと舌を舐める。

「相変わらずせっかち。そんなんだから……秋人くんが怪我したんだよ。
いい加減学習しなよ?」

美羽は息を呑んだ――秋人の名。

(そうだ……この人……秋人くんを……)

背中に嫌な汗が流れた。

椿の瞳が鋭く光る。

「……てめぇ……」

次の瞬間、椿が怜へ殴りかかった。

「椿くん!!」

美羽が呼ぶ声も届かない。

怜も即座に反撃し、
二人の拳と足が何度もぶつかり合う。

空気が裂ける音。

鉄と鉄がぶつかるような衝撃。

その戦いを見ていた50人もの手下が、ぞろりと影からあらわれた。

美羽は構えながら低く呟いた。

「来たわね……。」

椿と怜の足が交差し、互いに後ろへ跳ぶ。

椿が美羽の名前を短く呼ぶ。

「美羽。」

美羽は椿に背中を預け、二人はぴたりと重心を合わせた。

「椿くん、行くよ。」

怜が高らかに宣言する。

「さぁ、パーティーの始まりだ!!」

一斉に飛びかかる手下たち。

美羽と椿は、
まるで二つの流星のように回転し、蹴り上げ、殴り飛ばし、敵を倒していく――。

美羽は息を荒らしながら感じていた。

(倒せてはいる……でも……数が…力量が…秋人くんのチームとは桁違い……!)

怜は倒れていく手下たちを見て、ますます嬉しそうに目を細めた。

「美羽さん……なんて美しい……!
僕の隣に立つお姫様にふさわしいよ……!」

「誰があんたの隣に立つのよ!!
――みんなを解放して!どこに隠してるの!!」

美羽が叫ぶ。

残り20人ほどになった頃、
美羽の呼吸は荒れ、脚が少し震え始めていた。

怜は満足げに手を叩いた。

「しょうがないなぁ……じゃぁ、とっておきのプレゼントだよ?美羽さん。」

怜が奥の扉をゆっくり開いた。

――その瞬間、美羽の時間が止まった。

「……え……」

そこにはぼろぼろで横たわる玲央、碧、遼、悠真。

手足を縛られ、血と埃にまみれていた。

「うそ……みんな……」

美羽の瞳が揺れた。

椿も怒りで全身が震えていた。

「神楽ァァァァア!!!」

椿は咆哮し、そのまま怜へ殴りかかる。

美羽は叫ぶ。

「椿くん!!!」

けれど――椿は怜だけを見据えていた。

周囲の手下が美羽を囲む。

美羽は回転蹴りで数人を倒すが、
一人の大きい男に足を払われて地面に叩きつけられた。

「くっ……!」

すぐに起き上がるが、鳩尾を殴られる。

「――っ!!」

美羽の視界が揺れ、膝が折れる。

椿が振り向く。

「美羽っ!!」

だが怜が椿の視線の先を遮った。

「よそ見しないでよ。」

怜の大きい蹴りが椿の脇腹にめり込む。

「……ぐっ!」

美羽の周囲の男が拳を振り上げる。

椿は美羽の前に飛び込み、別の敵の攻撃を受けた。

「っ……!」

椿がよろめいて膝をつく。

「椿くん!!」

美羽は叫ぶが、身体が言うことを聞かない。

そのとき――

怜がゆっくり美羽たちへ歩み寄り、不気味に笑った。

「えぇ?もう終わり?もっと楽しませてほしかったのになぁ。」

そして怜は、美羽を殴った手下の髪を掴み、
その顔面を自分の膝に叩きつけた。

バキッ。

美羽は思わず震えた。

怜は血まみれの手下を突き飛ばし、微笑んだ。

「だめじゃない。僕のお姫様は、優しく気絶させろって言ったのに。
……加減ができない子は嫌いだよ?」

椿はゆっくりと震える身体を立たせ、美羽を背に庇った。

「美羽……もういい。下がってろ。」

「椿くん…、でもっ!」

怜は楽しげに笑う。

「まだやるの?
じゃあ……僕が勝ったら美羽さんはもらうよ?」

椿は血をぬぐい、怜に指を突きつけた。

「上等だ。
てめぇには秋人の借もある。
ぶん殴らねぇと気が済まねぇ!!」

二人の身体が弾けるようにぶつかった。

美羽は呆然とその速さを見ていた。

「……すごい……早すぎる……」

だが次の瞬間、椿は怜の拳を受け、コンクリートに膝をついた。

椿の髪から血が滴り落ちる。

「椿くん!!」

美羽の声が倉庫に響く。

椿は歯を食いしばり立ち上がると、
怜の顎に渾身の蹴りを叩き込んだ。

怜はよろけ、口元から血を垂らす。

「はは……痛いじゃないか、椿くん。」

椿は睨み捨てるように言う。

「何がおかしい。」

怜の瞳が、ぞくりと冷たい光を宿した。