朝の光は、まるで昨日の不安なんて知らないように透明で、
花びらのように淡く部屋に差し込んでいた。

美羽は制服の襟を整えながら、小さく息を吸う。

(今日は……決闘の日。怖いけど、大丈夫……椿くんがいるから。)

そう思った矢先、
スマホが大きな音で震えた。

画面には――
《椿》

「椿くん?」

美羽が急いで通話ボタンを押すと、
椿の焦った声が飛び込んできた。

『美羽!無事だったか。――緊急事態だ。
今すぐお前の家に向かう。そこを動くな。』

「え、ちょっ――椿く――」

ブツッ。

通話はそこで切れた。

「な、なに……?何が起きたの……?」

胸がざわざわして、落ち着かない。
心臓が変なリズムで跳ね続ける。




*20分後

外から轟音が響いた。

「……え?」

玄関を飛び出すと、
黒いハーレーにまたがる椿の姿が視界に飛び込んできた。

朝日に照らされる彼の横顔は、普段より鋭くて、
風を切る彼のシルエットに、一瞬見惚れてしまう。

「椿くん!」

美羽が駆け寄ると、椿は眉間に深い皺を寄せたまま言った。

「緊急事態だ。
悠真、碧、遼、玲央……全員と連絡が途切れた。」

「え……?」

「銀狼の罠だ。
どこかに連れ去られた可能性が高い。」

その言葉に、美羽の背中を冷たい汗がつっと流れた。

「まさか……皆が………?」

椿は無言で目線を落とした。
その沈黙が、何より怖かった。

その時――椿のスマホが鳴った。

「……誰だ?」

画面に表示されたメッセージを見た椿が、表情を変えた。

美羽も肩越しに覗き込む。

「うそ……」

そこには――
暗い倉庫の床に転がされ、
手足を縛られた悠真、碧、玲央、遼の姿が映っていた。

そして、写真の下のメッセージ。

『勇敢なる黒薔薇の王、そして僕のお姫様。
助けに来ないと殺しちゃうよ?』

椿は拳を強く握りしめ――

ドンッ!!

ハーレーのタンクを殴りつけた。

「くそ……!
やりやがったな、銀狼……!!」

美羽は震える息を整えながら叫んだ。

「落ち着いて、椿くん!
みんなを、助けに行くよ!!」

椿は一瞬だけ驚いたように目を見開いた。

美羽の瞳は強かった。
昨日までとは違う、何かを決心した光が宿っていた。

「こんな卑怯な真似、絶対に許さない!
行こう、私も戦う!!」

椿は――ふっと笑った。

「……あぁ。
美羽、お前ならそう言うと思った。」

そしてハーレーを軽く叩きながら言った。

「乗れ。行くぞ。」

「えぇ!?こ、これに?!」

「あ?他にどうやって行くんだよ。」

「いやいやいや!!私バイクなんて乗ったことないよ!!」

「つべこべ言わずに乗れ。
落ちないように、俺にしっかり捕まってろ。」

そう言って椿は、美羽の手を引き、
後部座席に座らせた。

スッ、と椿の背中に腕を回すと――

「きゃっ……!」

思ったより近くて、心臓が跳ねた。

椿はニヤリと笑い、

「俺の腰に手を回せ。
振り落とされても知らねぇぞ?」

「ちょ、ちょっと!初めてなんだから、
スピード出さないって約束して!?」

「状況が状況だ。
あんま期待すんな。」

「いやぁぁぁぁ!!」

椿がアクセルを回した瞬間、
ハーレーは獣のような音を立てて走り出した。

風が容赦なく頬を叩き、
街並みが後ろへ流れていく。

「ひゃぁぁあああ!!速い!!速いってばぁあ!!」

「美羽、うるせぇ。耳元で騒ぐな。」

「椿くんのせいでしょおおお!!」

「しっかり捕まってろ……振り落とすぞ。」

椿の低い声が、
風の中で優しく揺れた。

美羽は、ぎゅっと椿の背中に抱きついた。

鼓動の距離が近くて、
怖いはずなのに――どこか安心した。

(大丈夫。椿くんが一緒なら……大丈夫。)

二人は、銀狼の罠が仕組まれた倉庫へと
突き進んでいく。

その背中には――
確かな覚悟が燃えていた。