朝の光が
まだ少し眠そうに街を照らしていた。
春の空気はひんやりしていて、
頬をくすぐる風がやけに心臓の音を大きくする。
玄関のドアを開けた瞬間――
美羽は息を飲んだ。
「……椿、くん?」
家の前の白い塀に背を預けるようにして、
椿が立っていた。
制服の上着を片手に持ち、
もう片方の手はポケットに突っ込んだまま。
いつも通りクールで、
どこか不器用で、
だけど誰よりも頼れる背中。
美羽はそれだけで胸がじんとした。
椿が、ゆっくりと顔を上げる。
「美羽。
……おはよ。」
その声はいつもより少し柔らかい。
「大丈夫か?」
美羽は小さく頷いた。
「椿くん、おはよう。
うん、もう……大丈夫。」
そう微笑んだ瞬間、
椿の肩の力がわずかに抜けたのがわかった。
ほんの一瞬だけ、
彼の瞳に安堵の色が灯った。
(……椿くん、ずっと心配してくれてたんだ。)
胸がきゅっと縮まる。
椿が言った。
「行くか。」
伸ばされた手。
いつものように強くて温かい指。
美羽は迷わず、その手を握った。
ふたりは歩き出した。
だけど――
今日は、足が前より重い。
理由はわかってる。
銀狼。
怜。
脳裏に焼きついて離れない昨夜の記憶。
椿の横顔を見ると、
その不安が少しだけ薄れる。
強い。
誰よりも強くて、まっすぐで、
頼りがいがあって――
だけどどこか危うい。
そんな椿だからこそ、
守りたいと思ってしまう。
だから、美羽は決意した。
このままじゃダメだ。
歩きながら、美羽はそっと椿の手を握り直した。
「……椿くん。」
椿はゆっくり振り向く。
「ん?どうした。」
美羽は、深呼吸をした。
胸がぎゅっとして、
言葉が喉につかえそうになる。
でも――
言わなきゃ。
「私……
色んなこと、考えたの。」
椿の眉が少し動く。
「黒薔薇のみんなのこと。
莉子のこと、秋人くんのこと……
鈴ちゃんのことも。
そして……銀狼のことも。」
椿は歩みを止めた。
美羽は続ける。
「私、今まで……みんなに守られてばかりで、
甘えてたんだと思う。」
「……美羽。」
「強いって言われても、
本当は怖くて仕方なかった。
好きな人が増えれば増えるほど……
失うのが怖かったの。」
温かい風がそよりと吹き抜けて、
緑の葉っぱがひとひら舞った。
美羽の髪が揺れ、
椿の手の中で細い指が震える。
「神楽怜くんは、
たぶん……私の弱さを一番最初に見抜いてたんだと思う。」
椿の表情が一瞬険しくなる。
美羽は小さく首を振った。
「でもね……
私、もう逃げたくない。」
椿の目が見開かれる。
「怖いけど……
それでも、私はみんなを守りたい。
椿くんを守りたい。」
美羽は、真っ直ぐ椿を見つめた。
「守られるだけの女の子じゃ、
もういたくないの。
椿くんが、私を守るって言ってくれたみたいに……
私も椿くんを守りたい。
あなたの隣に、ちゃんと立ちたい。」
椿は完全に固まった。
目を瞬かせ、
ほんの少し口が開いて、
そのあとゆっくり閉じられる。
「……美羽。」
静かに名前を呼ぶ声は、
まるで胸の奥を優しく撫でるようだった。
椿はふっと笑った。
もう葉桜となった桜の木漏れ日を浴びて、
少し照れくさそうに、
でもどこか誇らしげに。
「はっ。
お前……本当に、そういうとこだよな。」
美羽は頬を染めた。
椿は、美羽の手をぎゅっと握り返した。
「わかった。
美羽がそう言うなら……俺も覚悟する。」
その目は、迷いのない鋭い光を宿していた。
「銀狼が相手でも、
俺は全力で戦う。」
そして――
「命をかけてでも、お前を守る。」
美羽の胸が熱くなる。
(……椿くん。)
彼の瞳の奥に、
自分がしっかり映っているのがわかった。
美羽はそっと微笑んだ。
「椿くん……
私も、絶対一緒にいる。
ずっと隣にいるから。」
椿は驚いたように息をのんで、
すぐに目を細めた。
「可愛いやつ。」
そして、照れくさいくらい自然に美羽の頭を撫でた。
美羽は顔を真っ赤にして、
「い、行こ……椿くん!」
と言った。
椿は笑って、
「あぁ。行くぞ、美羽。」
ふたりは並んで歩き出す。
その背中には――
もう迷いはなかった。
春の朝日が、
ふたりの影を優しく伸ばしていた。
まだ少し眠そうに街を照らしていた。
春の空気はひんやりしていて、
頬をくすぐる風がやけに心臓の音を大きくする。
玄関のドアを開けた瞬間――
美羽は息を飲んだ。
「……椿、くん?」
家の前の白い塀に背を預けるようにして、
椿が立っていた。
制服の上着を片手に持ち、
もう片方の手はポケットに突っ込んだまま。
いつも通りクールで、
どこか不器用で、
だけど誰よりも頼れる背中。
美羽はそれだけで胸がじんとした。
椿が、ゆっくりと顔を上げる。
「美羽。
……おはよ。」
その声はいつもより少し柔らかい。
「大丈夫か?」
美羽は小さく頷いた。
「椿くん、おはよう。
うん、もう……大丈夫。」
そう微笑んだ瞬間、
椿の肩の力がわずかに抜けたのがわかった。
ほんの一瞬だけ、
彼の瞳に安堵の色が灯った。
(……椿くん、ずっと心配してくれてたんだ。)
胸がきゅっと縮まる。
椿が言った。
「行くか。」
伸ばされた手。
いつものように強くて温かい指。
美羽は迷わず、その手を握った。
ふたりは歩き出した。
だけど――
今日は、足が前より重い。
理由はわかってる。
銀狼。
怜。
脳裏に焼きついて離れない昨夜の記憶。
椿の横顔を見ると、
その不安が少しだけ薄れる。
強い。
誰よりも強くて、まっすぐで、
頼りがいがあって――
だけどどこか危うい。
そんな椿だからこそ、
守りたいと思ってしまう。
だから、美羽は決意した。
このままじゃダメだ。
歩きながら、美羽はそっと椿の手を握り直した。
「……椿くん。」
椿はゆっくり振り向く。
「ん?どうした。」
美羽は、深呼吸をした。
胸がぎゅっとして、
言葉が喉につかえそうになる。
でも――
言わなきゃ。
「私……
色んなこと、考えたの。」
椿の眉が少し動く。
「黒薔薇のみんなのこと。
莉子のこと、秋人くんのこと……
鈴ちゃんのことも。
そして……銀狼のことも。」
椿は歩みを止めた。
美羽は続ける。
「私、今まで……みんなに守られてばかりで、
甘えてたんだと思う。」
「……美羽。」
「強いって言われても、
本当は怖くて仕方なかった。
好きな人が増えれば増えるほど……
失うのが怖かったの。」
温かい風がそよりと吹き抜けて、
緑の葉っぱがひとひら舞った。
美羽の髪が揺れ、
椿の手の中で細い指が震える。
「神楽怜くんは、
たぶん……私の弱さを一番最初に見抜いてたんだと思う。」
椿の表情が一瞬険しくなる。
美羽は小さく首を振った。
「でもね……
私、もう逃げたくない。」
椿の目が見開かれる。
「怖いけど……
それでも、私はみんなを守りたい。
椿くんを守りたい。」
美羽は、真っ直ぐ椿を見つめた。
「守られるだけの女の子じゃ、
もういたくないの。
椿くんが、私を守るって言ってくれたみたいに……
私も椿くんを守りたい。
あなたの隣に、ちゃんと立ちたい。」
椿は完全に固まった。
目を瞬かせ、
ほんの少し口が開いて、
そのあとゆっくり閉じられる。
「……美羽。」
静かに名前を呼ぶ声は、
まるで胸の奥を優しく撫でるようだった。
椿はふっと笑った。
もう葉桜となった桜の木漏れ日を浴びて、
少し照れくさそうに、
でもどこか誇らしげに。
「はっ。
お前……本当に、そういうとこだよな。」
美羽は頬を染めた。
椿は、美羽の手をぎゅっと握り返した。
「わかった。
美羽がそう言うなら……俺も覚悟する。」
その目は、迷いのない鋭い光を宿していた。
「銀狼が相手でも、
俺は全力で戦う。」
そして――
「命をかけてでも、お前を守る。」
美羽の胸が熱くなる。
(……椿くん。)
彼の瞳の奥に、
自分がしっかり映っているのがわかった。
美羽はそっと微笑んだ。
「椿くん……
私も、絶対一緒にいる。
ずっと隣にいるから。」
椿は驚いたように息をのんで、
すぐに目を細めた。
「可愛いやつ。」
そして、照れくさいくらい自然に美羽の頭を撫でた。
美羽は顔を真っ赤にして、
「い、行こ……椿くん!」
と言った。
椿は笑って、
「あぁ。行くぞ、美羽。」
ふたりは並んで歩き出す。
その背中には――
もう迷いはなかった。
春の朝日が、
ふたりの影を優しく伸ばしていた。



