黒薔薇学園・生徒会室——。

窓の向こうでは春の陽光が校庭を照らしているのに、
部屋の空気は、まるで嵐の前のように重かった。

玲央がパソコンを叩く手を止め、
椿の方へ振り返った。

「銀狼が本格的に動き出した。
どうも——雨宮美羽を狙っているようだ。」

淡々とした声。
だが、その奥に緊張が滲んでいた。

椿の眉がわずかに動く。

「……やはり美羽が狙いだったか。避けられねぇか。」

低い声は怒りを含んでいた。

「玲央、至急メンバーを全員集めろ。」

「了解。」

玲央が席を立ち、数分もせずに遼と碧が到着した。

遼が扉を開けた瞬間、
彼は空気の違いを敏感に察したようで眉をひそめた。

「なんだよ、この嫌な感じ……何かあった?」

碧も同じく、不安そうに椿を見る。

そこへ——

「椿ーー!!」

バタンッ!

勢いよく扉が開き、
息を切らした悠真が飛び込んできた。

「莉子ちゃんから聞いたんだけど!
美羽ちゃん、今日学校休んでるって!
椿、知ってたの!? だ、大丈夫なんだよね!?」

椿は椅子にもたれたまま、短く答えた。

「あぁ。莉子から聞いた。
理由は……教えてもらえなかったが。
心配するな、とだけな。」

悠真は胸に手を当て、ほっと息をついた。

「なら……よかった……」

だが、その安堵は一瞬だった。

再び、生徒会室の扉が急に開いた。

「椿くん!!いますか!?」

莉子が小走りで入ってきた。
頬が紅潮し、手には真っ赤な封筒を握りしめている。

遼が驚いて駆け寄る。

「莉子ちゃん?どうしたの?」

莉子は息を整えながら封筒を差し出した。

「こ、これ……学校の門のところで――
知らない制服の男の子が、私の友達に渡したみたいで……
黒薔薇へって書いてあったから……持ってきたの!」

椿は封筒を受け取り、無言で中身を取り出した。

その瞬間。

「……っ!?」

部屋中の空気が固まった。

入っていたのは――
美羽の定期券。
そして、一枚の不気味に美しい筆跡の手紙。

玲央が青ざめて呟いた。

「これは……雨宮美羽の定期券ですね。」

遼も眉をひそめた。

「なんで定期……?まさか、攫われ……」

悠真が椅子をガタッと鳴らして立ち上がった。

「椿!!美羽ちゃんに連絡をっ――」

その時だった。

椿の手の中の封筒が、
メリッと音を立ててクシャリと潰された。

「椿……キレたねぇ……」

遼が苦笑に近い表情でつぶやく。

莉子は怯えたように手を握りしめた。

「定期券と、一緒についてる手紙は…?」

椿に差し出された手紙には――

“僕の愛しいお姫様、
答えはもう出たかな?
返事を待っているよ。”

遼は眉を寄せながら言った。

「……普通に連絡あった、って話だったよな?
莉子ちゃん?」

莉子はうつむいたまま、美羽のメールを差し出した。

「ご、ごめんなさい……!!
美羽に黙っててって言われたから……言えなくて……」

椿は深呼吸ひとつし、
莉子のスマホ画面に目を通した。

『女の子の日でしんどいから休むね。
椿くんには絶対言わないで。』

椿の眉がピクッと動く。

不自然なほど普通。

「……隠してるな。」

椿は立ち上がり、スマホを取り出す。

玲央が静かに言った。

「誘拐の線は薄いが……
雨宮美羽に何か“接触”があった可能性が高い。」

碧も深刻に頷く。

「しかしこの定期券……
かなり悪意がありますよ。
美羽さん……無事なんですよね?……」

悠真は唇を噛んだ。

「莉子ちゃんへのメール……
なんか弱ってる感じがする……
会いたくない、って言ってる気がするね……」


椿は生徒会室を後にした。





*




その頃——。

美羽のスマホが震えた。

布団に潜りながら、眠気でぼんやりしていた美羽は、
画面に映った名前を見て目を見開いた。

――椿。

「ど、どうしよう……
仮病ってばれた……!?
いや、来てないし……でもどう話せば……」

震える指で通話ボタンを押す。

「も、もしも……」

《美羽、今どこだ。》

低く鋭い椿の声が耳に刺さる。

その瞬間、美羽の胸はぎゅうっと苦しくなり、
涙が出そうになった。

「え、椿くん……?
わ、私は……家だよ。どうしたの……?」

《本当に家なんだな?》

「うん……ごめんね、今日休んじゃって……
心配かけたよね……」

沈黙。

次の瞬間。

《美羽。お前……俺に何か隠してるだろ。》

「っ……!」

美羽は息を飲む。

(ど……どうして……
椿くん、どうしてわかるの……!?
昨日のこと……誰にも言ってないのに……!)

心臓がバクバクと暴れ出す。

言葉が出ない。

その沈黙を聞いた椿は、
短く言い放った。

《……もういい。直接聞く。》

「えっ!?ちょ……椿く――」

プツッ。

通話は一方的に切られた。

「な、何か知られてる……!?
ど、どうしよう……!」

そのとき。

コンコン。

扉がノックされた。

「美羽?椿くん来てるわよ〜♡」

母の、とても上機嫌な声。

美羽は固まった。

(終わった……
絶対……ばれる……!!)

震える指が布団をぎゅっと掴んだ。