鬼景色




 なにか、とても心のこもった温かいものが唇に触れた気がして、景は目を覚ました。

 不思議な感覚だった。

 ザクロなる女の座敷に連れ込まれて……突然現れた剣と呼ばれた大きな男……いつか景を往来で襲ったことのある南蛮風の変わった男……に匂いの強い薬を嗅がされて……。気を失ったところまでは覚えていた。

 それからしばらく夢を見ていたような気がする。

 母を思い出した。千代を。そして……なによりも鬼を。おきくの裏切りを聞かされたというのに、恨みつらみは浮かばなかった。そんなことよりも、愛するひとの顔を見て安心したかった。
 鬼。
 景の初恋。そしてきっと、いつまでも最後の。

「景……景……け、い……」

 それから……目を覚ますと、景の体はなにかひどく力強くて大きいものに抱き抱えられていた。手繰り寄せられるように力を込められ、雨に湿ったと思われる布や髪が押しつけられる。
 それが、鬼だと気づくのに、いくらかの時間を要した。

「お……にどの……。どうして……ここ、に」
 嗅がされた薬の影響だろうか、舌がうまく回らない。でも鬼はそんなことを構ったりはしなかった。ただひたすらに強く景を抱きしめて……それから彼女の体を離した。

「鬼殿……わたし……」

 鬼は無言で、あり得ないほど真剣な目をして景の体をまじまじと見た。
 と、思うと、鬼はおもむろに景の着物の胸元をずり下ろして、肌着をはだけさせた。

「って、え! ま、待ってくださ……!」

 白い肌着に守られただけの胸元があらわになり、景は真っ赤になって狼狽した。なにが起きたのかわからなかった。
 鬼は憑かれたような目で景の心臓があるあたりをじっと見つめていた。
 肌が焼けるように熱く火照る。

「……景」
「鬼殿……こんな」
「お前は無事なのか」
「わ、わかりません……。ここに、連れ去られて……薬を嗅がされて……気がついたら、あなたが」

 景が鬼を知っているのは、そんなに長い時間ではない。やっと三日を数えるほどで、彼のなにを理解できたというのだろう。
 でも、その時に鬼が見せた表情は、信じられないほどたくさんの感情に溢れていた。驚き、悲しみ、希望、落胆。

 そして、愛しさ。
 なによりも、愛しさを。
 鬼の心がふたたび息を吹き返したのだ。景にはそれがわかった。

「お前は俺が守ろう……。永久にだ」

 鬼は震えた低い声でささやき、景をきつく抱きしめて離さなかった。