鬼景色


「ねえ、鬼」
 ザクロはフーッと長く煙を吐いた。
 今までなんとも思ったことがないのに、その時だけは、匂いの強い白煙がひどく鬱陶しかった。

「惚れちゃったんだねぇ、かわいそうに。可愛い子だったね。でも、依頼は依頼、そういう世界なんだよ」
「…………」
「剣はいい仕事をしたよ。あんたと違ってね」

 さらに、ザクロの唇から吹き出され、宙にけぶる白煙。
 目頭がツンと痛んだのは、煙のせいだ。そうだろう……?
 違うのか?
 なぜ?

「……どうしてもというなら、死に顔を見せてあげるよ。剣には、ひと思いにヤれと言ったんで、綺麗なままだからね」

 ザクロは座敷の奥にあるもうひとつの(ふすま)を、顎をしゃくって示した。
 襖の表面には(みやび)で鮮やかな赤い牡丹が描かれている。

 花が落ちる直前の刹那をとらえた、この座敷におあつらえむきの絵だった。そして、鬼の心を映すような……。

(心……?)

 心がないなら、なぜ悲しい?
 なぜ苦しい?

 なぜ……切なくも朗らかに微笑む景の顔が、脳裏から離れない? なぜこの腕は彼女を抱きしめたくてうずく? なぜ足が震える? なぜ魂が慟哭する? なぜ……。

 いくら問うても答えは出なかった。
 なぜ彼女の亡骸が『紅屋』にあるのか、などという理論的な疑問は、すでに鬼の頭から抜け落ちていた。
 ただ、足が向く。
 一歩。
 そしてまた、一歩。

 鬼自身が墓から這い出してきた亡霊のような、不穏で、重い足取りで、牡丹の咲く襖に近づく。ザクロは彼を止めようとはしなかった。いつものように煙管を嗜みつつ、ただただ、黒髪の刺客の一挙一動を眺めている。

 罠かもしれない。
 罠でもよかった。

 もし今、背後から襲われて五体を切り刻まれても、痛みは感じないだろう。心の痛みが深すぎて、肉体の苦痛など微風(そよかぜ)ほどにも感じられないはずだ。
 鬼は襖を開いた。