鬼景色



 雨霧で霞む街道を走り抜ける鬼の心臓に、身を切り刻むような痛みが襲ってくる。
 息ができない。
 視界がかすむ。
 まともにものを考えることさえ、できそうになかった。なぜ?

 虫の知らせだろうか……。
 鬼は、景の元を離れてからしばらくたって、居ても立っても居られなくなり、結局彼女の元へ引き返したのだ。
 再び姿を現した鬼に景の父は目を丸くしていたが、なかば強引に景の部屋まで戻ってみると……彼女はもう消えていた。跡形さえなく。

 殺すつもりだった少女が姿を消したからといって、なぜ、これほど必死になって雨の往来を駆ける必要がある?

 答えはなかった。
 答えを見つける努力さえ、する気が起きなかった。景に会わなければならない。彼女の顔を見なければならない。彼女の無事を確認し、この腕に抱きしめなければならない……。
 この最後の思考が頭をよぎったことに、鬼は衝撃を受けた。

 幼い日に聞いた、母が死んだ日の父の慟哭が胸に蘇り、なんどもなんども脳裏で繰り返される。おケイ、おケイ、おケイ。あれ以来、鬼は心を失ったはずだった。
 今となっては生来の名前さえ捨て、心のない冷酷な刺客として生きてきた。
 それが……。

(剣だろうか?)
 剣が景を屠りにきたのだろうか。

 できるだけ瞬時に、可能な限り綺麗に、素早く任務(ころし)を遂行するのが信条の鬼に比べ、剣は相手次第では獲物をいたぶりながら殺すのを楽しむような性癖がいくらかあった。

 そんな蛮行を。それを受ける苦しみを、鬼は知っている。
 景がそんな目にあって、助けを求めて鬼の名をささやきながら息絶える姿がまぶたの奥に浮かび、鬼は不穏なうなり声を上げた。

 鬼は走った。
 ザクロのもとへ。