鬼景色


「どうした」
「その……お礼を言わせてください。命を助けていただいて、千代のところまで同行してくださった上に、こんな警備まがいのことまで引き受けてくださって」
 景はその先の台詞を考えているのか、一旦言葉を切り、そしてなぜか頬を赤く染めた。

 その仕草は訳もなく鬼の血を逆行させた。背筋に痺れが走り、立っているのが億劫にさえ感じるではないか。景は切なく微笑むと、続けた。
「今日まで、ありがとうございました」
 鬼に答えることなどできなかった。そもそも、答えさえない。

 この娘の命は消えかかっている。鬼か、そうでなければ剣が、もうすぐその肢体を切り刻む。彼女はあわれな人形のように力を失い、息を止め、どこかで冷たくなっていく。
 あの千代という乳母の他に、景の死を(いた)む者はいるだろうか。

 父親? 怪しいものだ。
 彼女と親しげに話をしていた町人たち? おそらく、何人かは。
 義母、おきくにいたっては、考えるのも馬鹿らしかった。きっと景の(しかばね)の上でよだれを垂らさんばかりにして踊るのだろう。

 では……鬼は?

「ありえない」
 鬼の口は勝手にそう呟いていた。景はきょとんと(まばた)きをすると、わずかに首をかしげた。
「え?」
「なんでもない。礼を言うにはおよばない、と言っただけだ」
「そう、ですか」
「ああ」

 ありえない、そうだろう。鬼はとうの昔に心を失った。怒りも、悲しみも、苦しみも感じないのに、こんな感情が無から浮かんでくるはずがない。
 たった三日程度を共に過ごしただけの少女だ……。それほど多くの言葉を交わしたわけでもない。鬼はこのままこの屋敷を離れ、これ以上、彼女をかえりみることもなくなる。

 景を殺すのが誰になるにしても、それは成され、時の経過のなかでいつしか彼女の存在は忘れ去られていく。そして鬼は、新たなる指令をザクロから受け、すでに血にまみれた(おの)が魂をさらに血で濡らし、殺戮を続ける。

 なんというありふれた筋書き。