鬼景色


 景の抵抗は、やんわりと無視された形になった。
 朱色の粉が景の血を拭い取るように塗られると、傷口がじんと沁みる。それが薬の効能なのか、鬼の指に触れられているせいなのか、景にはもう分からなくなっていた。

 薬を塗り終わり、もう離れてもいいはずの鬼の手が、まだ景の手を握っている理由も……分からなかった。分からなかったけれど、それで構わないと思う自分が、どこかにいた。

「しばらく、手は休めることだ」
 鬼は言った。
 景はなんとかうなづいて見せ、かすれた声で慇懃に「かたじけのうございます」と答えた。すると、鬼が心外だとでもいうように片眉を上げたので、景は慌てて、
「ありがとうございます……」
 と礼を言い直した。

 どうやら、この方が鬼は気に入ったらしい。彼は満足したようにうなづいた。

 息がはやる。
 鬼は武人で、景は商人の娘でしかないのに。
 ここに鬼がいるのは、彼が景の父に雇われたからで、こうして共に過ごせる時間はかりそめでしかないのに。

 ああ。
 すべて、すべて、分かっているのに、景の想いは時と共にただただ募った。