その朝に出された質素な粥の膳を、ふたりは景の部屋で向き合って食べた。
食事中に鬼が喋るということはなく、景もその邪魔をする気にはなれず、部屋はずっと静かなままだった。しかし、居心地の悪さはまったくなく、景にとってこれは初めて男性とふたりきりで顔を突き合わせてする食事であるにも関わらず、違和感はない。
まるで……。
(まるで、夫婦みたい……)
そんな想像に浸ってしまうほど、なぜかしっくりくるものだった。
鬼は不思議なほど音を立てずに粥をかきあげ、食べ終わるとじっと景の様子をうかがっていた。景は、その視線に気付かないふりをしながら、なんとか最後まで食べきった。
椀を膳に戻すと、景は控えめに顔を上げて、鬼の視線を正面から受け止めた。
まるで、鬼はその瞳だけで景を守ってくれているようでさえあった。瞳だけで……これほど景の心臓は逸るのに、鬼のしっとりとした漆黒の髪が、衿からのぞく逞しい首元が、まっすぐに伸びた背筋が、さらに景の体温を熱くした。
「き、今日は……外に出る予定もないので、わたしはほとんどこの部屋にいると思います」
そう言いながら、声が震えているのを悟られないで欲しいと景は願った。
多分、無理であろうけれど。
「ですから、鬼殿はしばらくここを離れていても大丈夫だと思います。正面の庭では、警護のものたちが稽古をしたりしているので、そちらに顔を出されるのも」
そこまで言いかけた景を、鬼は首を振って制した。
「お前がここにいるなら、俺はここにいる。迷惑だろうが、我慢するんだな」
「めっ、迷惑だなんて、滅相もありません。ただ、こんな奥こまった部屋に一日中、鬼殿には退屈だろうと……」
「退屈?」
鬼は景の台詞をさらにもう一度、繰り返した。「退屈」
景は肩を狭めた。「え、ええ……」
「あり得ない」
そう断言した鬼は、おもむろに立ち上がって、開け放たれた部屋の襖の側まで歩くとそこで立ち止まった。日はもう昇っている。鳥の鳴き声がして、青々とした木々が光を浴びて芳香を放ち、庭には蝶が舞っている。
景は鬼の背中に魅入った。
こんなふうに、かき乱された心を抱えながら始まる一日を、景は知らなかった。

