鬼景色


 しばらくは静かで、なにもおこらなかった。

 景は瞳を閉じて鬼の刀の前に立ち、なんらかの形で、鬼がこの緊張に決着をつけてくれるのを待っていた。しかし、沈黙は景の想像以上に長く、いつしか景は不可解に思いはじめて、ゆっくりと目を開いた。

 すると、鬼はもう刀を鞘に戻していた。

 刀身が宙を切る音も、鯉口が(つば)に合わさる音も一切聞こえなかったのに、鬼はすでに刀を持っていない。一瞬、景は短い夢を見ていたのではないかと錯覚したほど、ふたりの間にあった緊張感も綺麗に消えている。

 しかし、のど元のちくりとする痛みだけは、まだ現実として残っていた。

「素振りをしていただけだ。起こしてしまったようだな」

 景をじっと見つめる鬼の瞳には、もう先刻の冷たさはなかった。
 しかし代わりに、鬼の中になにか説明のできない、少女の知らない激しい感情が、荒ぶり、ほとばしっているような気がして、景は頬を赤らめた。

 こんな瞳に見つめられ続けたら……と考えるだけで、景の身体は芯から火照った。

「いえ……最初から眠れなかったのです。こちらこそ、邪魔をしてしまったようで申し訳ありません……」
「不審な音がしたなら、不用意に外へ出ないことだ」
「そ、そのようですね」

 景は両手をそっと首に当てて、怪我を確認した。
 痛かったのに、血はほとんど出ていないようで、景はほっと胸をなでおろした。

 もしかしたら今のはすべて、鬼一流の冗談だったのだろうかと思えてくるほど、緊張感の名残りはなくなっている。
 代わりに、景を見つめる鬼の瞳は熱かった。

 これが『心がない』と言った男のものとは、どうしても思えないくらいに。