自らは動けなかった──。
とてもではないが、今の鬼の視線を向けられて動ける生き物などいないだろう。どんな人間でも、またどんな動物でも、戦慄に我を失い、身動きできなくなるほど鋭い瞳が、まっすぐ景に注がれている。
まずは肩越しに顔だけ。
そして身をひるがえして完全に景の方に振り向いた鬼は、ざくりと一歩前に進んだ。
景はその足音に聞き入った。
鬼の足音は、彼のような大柄な男性のものとは思えないほど静かで、獣のそれを思わせる。獲物を狩るために、本能が一歩一歩を計算しているような。
景は金縛りにあったようにその場に留まっていた。
「お……おに、どの」
縁側まで進んだ鬼はすでに景のすぐ目の前まで来ていて、暗がりでも顔までがはっきり見えた。雨戸を開けておいたせいで、ふたりを隔てるものはなにもない。
鬼の表情から、彼の内面を探ることは不可能だった。
厚い雲に覆われた月も星もない夜のように、鬼の瞳は陰っている。なにかあったのだと景は察したが、それを尋ねるだけの勇気はなく、ただその場にたたずんでいた。
鬼は、刀を鞘に納めていない。
むき出しの鋭い刀身に、見たこともないような洗練された刃紋が施されているのが分かった。目を奪われるような刀だった。その知識の薄い景にも、鬼の刀は相当な名刀であり、ただの飾りではないのだということがひしひしと伝わってくる。
もしかしたら沢山の人を切ってきた刀かもしれないと、そんな気がした。

