鬼景色


 景の目に飛び込んできたのは、こちらに背を向けて立っている鬼の姿だった。
 庭先の狭い松林に顔を向け、鞘から抜いた長い刀を、峰を地面にむけて片手で握って立っている。
 静かだった。
 静かすぎて、景は自分がこの世ならぬ何処かに迷い込んでしまったような錯覚におちいるほどだった。──そして、鬼。

 鬼の背中は孤独で、大きくて力強くて、殺気に満ちているようだった。
 そしてやはり、孤独だった。

 彼の緊張が伝わってくるようで、景は息を呑んだ。肺が重い煙を吸い込んだかのように軋んで、寝着の帯が景の胸を締め付けて苦しめる。

「鬼……殿?」

 自然と鬼を呼ぶ声が口をついて出て、景は自分の軽率さにはっと我に返った。

 雑草の生えた庭先に立った鬼の背中は、なぜか夜の闇に溶け込みきらずにはっきりとその輪郭を見ることができる。周囲に他の人影はないように感じたが、だからといって不用意に声を掛けるべきときではなかったはずだ。

 襖に手をかけたまま、景は身動きできずにたたずんでいた。

 鬼は振り向かない。
 景の手は緊張に震えて、古い灰色の襖が小さくカタカタと音を立てた。それでも鬼は景を振り向かず、庭先に高くそびえる松に顔を向けたままでいた。

 広い肩幅がさらにいかっているようで、闇に光る抜き身の刀とあいなり、もともと力強い鬼の身体をさらに強靭に見せている。鬼は気付いているのだろうか、と景は不安になった。
 どれだけ息を潜めていただろう。

 しばらくすると、鬼はふと、屋敷に背を向けたまま夜空を仰ぐように顔を上げた。そしてゆっくりと後ろを振り返ると、視線の先で景をとらえた。

 もちろん、鬼は景に気付いていたのだ。最初から。
 景は息を呑んで、鬼の出方を待った。