父は優秀な商人であり、景のことを愛してくれている。少なくとも、彼なりには。しかしおきくがどれだけあからさまに景を嫌悪していても、『我慢おし』の一言ですべてを片付けようとする、気の弱さがあった。
まさか刺客に命を狙われているかもしれないひとり娘に我慢しろとまでは言わないだろうが、どこまで真剣に景を守ってくれるのかは未知数だ。景はなにか言うべきだと分かっていたが、上手い言葉が見つけられないで黙っていた。
すると、おきくが先に口を挟んだ。
「まぁ、あなた、気のせいということもあるではありませんか。やはりただの通りの強盗だということも。お景さんはうっかりしていらっしゃるから、そこを狙われただけなのかも」
景はきゅっと唇を噛んだ。
おきくは続ける。
「しばらく屋敷から出ないようにすれば、それでいいではないですか」
鬼も黙っている。
彼は怖いくらいに無表情だった。まるで能面のように動かない顔つきは、一体、彼は心というものを持っているのだろうかと疑わせたくなるほどの冷たさを放っている。しかし、景は感じていた。
彼の心は冷ややかな瞳の下に眠っている。
ドクリドクリと生々しく脈打ちながら、目覚めの時を待っている。きっと感情をあらわにしたときの鬼は、想像もつかないほど激しい人なのではないだろうか。
しかし、偶然助けただけの商人の娘に、鬼がその心を動かしてくれるわけもなく。
「そうだろうか、だがしかし……」
口元に手を当てて、難しい顔をした父はそう呟いていた。
おきくはさらに一押しする。
「不用意に外に出たりするからそんな目にあったのですよ。屋敷にいればなにが起るというのです? 警備もおりますわ」
「警備」
「そうですわ。何はともあれ今回は無事だったのですし、今後しばらく屋敷から出なければいいのです」
おきくが、景を屋敷に引き止めておきたがっているのは周知の事実だ。
景姫と呼ばれ町人たちに慕われている彼女を、おきくは強く嫉妬している。景など屋敷の奥の日の当たらない暗い部屋に閉じ込めておいて、時期が来ればどこぞの商人と政略結婚をさせて儲けようと思っているのだろう。

