「そ、そうです。彼がわたしを救ってくれたのです。襲われそうになったところを、彼が刀を抜いて暴漢と戦ってくださいました」
景は慌てて姿勢を正し、鬼が言い及ばなかった彼の英雄的行為を説明した。
きっと鬼は、声高に自分の武勇伝を語る男ではないのだろう。そんな気がしていたし、実際、鬼は千代にもなにも語らなかった。
父はそんな鬼の気高さに関心したようで、「入りなさい、入りなさい」と鬼と景のふたりの入室をうながした。鬼は景が立ち上がるのを待ち、ふたりは並んで部屋の中に入った。鬼が後ろ手に襖を閉める。
ふたりが父の前に座ると、おきくは居心地悪そうに姿勢を正し、さらに父にすり寄りながら景に恨めしそうな視線を流した。
なるほど、おきくは美しい女だろう。
しかし景を見るおきくの目は憎悪を隠しきれていなくて、まるで妖のようだ。
鬼はそれに気が付くだろうか。
気付いて欲しいと、なぜか景は願っていた。
「それで、その暴漢の輩はどうなったのだろうか」
そう尋ねる父の声には、鬼がもうその不埒な輩を成敗してくれたのではないかという希望が込められていた。そうだったら良かったと景も思う。しかし暴漢は逃げた。
「無傷だ。かなりの腕前だったゆえ、仕留めることは叶わなかった」
抑制のきいた声で鬼は答える。
父はうなり声のようなものを漏らし、立ち上がった。
「つまりその輩はまだ城下をうろつき、わたしの娘の命を狙っている可能性がある、と」
「そういうことになるだろう」
「どうするべきだろうか?」

