景がしばらく黙って考え込んでいたのを、なにかの痛みに苦しんでいるのだと勘違いしたのだろうか。景は慌てて首を横に振った。
「いいえ、大丈夫です。わたしは転んだだけですから……あなたこそ、どこかお怪我はありませんでしたか?」
言いながら、景はまったく鬼のことを案じていなかった自分に恥じ入った。
鬼があまりにも堂々としていて、まるでなにも起こらなかったかように冷静で、暴漢と戦ったあとも一つの焦りさえ見せなかったから、景はすっかり失念していた。
本来なら、助けてもらった景よりも、暴漢と死闘を繰り広げた鬼のほうが心配されるべきであるのに。景はなんと思慮の足りなかったことか。
景がじっと鬼から目を離せずにいると、鬼はなにか、顎のあたりを固くした。それは──景の直感が正しければ──鬼流の、驚きを表す表情のように思えた。
「ない」
鬼は短く答えた。
それでも景は、心配げに鬼を見つめ続けた。
「ない」
鬼はもう一度繰り返した。そのとき景は、鬼がなにかに堪えるように、ずっと拳を強く握り続けているのに気が付いた。

