彼はあまり喋る人ではないようだったが、沈黙ですべてを語るような、とらえどころのない存在感を放っていた。景はそれに恐れを感じるよりも、安心を見いだしているのだ。どうしてか理由は分からないが。
鬼、とは難儀な名前を与えられたものだ──しかし、景が心惹かれたのは、その名を口にしたときの鬼だった。
恥じ入ることもなく。
おのれを憐憫するでもなく。だからといってその名を高々と自慢するわけでもなく。ただ、おのれにはそういう名があるのだと淡々と告げた鬼には、他の人間にはない特別な心があるように思えた。高貴で、誇り高い、そんな。
名前などを越えた、その堂々とした姿。
それに、景は憧れを感じた。
自分もこれくらいに強かったら、これくらいに堂々とできれば、あの屋敷での生活ももっと明るいものになっていたかもしれないのに。もっと自由なものに、なっていたかもしれないのに、と。
そこまで考えて、景ははっとし、その考えを振り払うように頭を振った。
いくら命を助けてくれた恩人とはいえ、鬼に憧れを抱くようなことをしてはいけない。もちろん鬼だけではなく、他のすべての男性にも、だが。
景はすうっと息を吸い込み、頭の中に溢れていた鬼への関心を整理し、横にどけようと試みた。しかしその時、ふと鬼へ視線を戻すと、彼の瞳がじっとこちらを見下ろしているのに気が付いた。
景はそれに魅入った。まるで夜の闇のような瞳だ。
ひどく暗いのに、じっと目を凝らして覗き込めば、小さな星が幾千も輝いているのが覗けそうな深さがある。景はこんな瞳を持つ者を他に知らなかった。知らなかったのに、なぜか懐かしいような気もした。
「どこか痛めたのか」
と、鬼は唐突に尋ねてきた。

