鬼景色


 景はまだなにかを考えているようで、足下を見ながら無言で歩いている。
 彼女がうつむいたときにのぞく、うなじの白さに、鬼は言いようの無い喉の渇きを感じた。白く、柔らかそうな肌には、薄く血管が浮かんでいる。

 殺すのは簡単だった。
 この細い首は、それこそ血など流させなくても、鬼の力であっけなく折ってしまうことができる。できる、はずだ。今、この瞬間にでも。
 鬼がきつく手を握り、無意識に拳を作った……そのとき。

「鬼とは、必ずしも悪いものを指すだけではないのだと思います」
 ふいに景がそう言った。

 鬼の心臓はなぜか飛ぶように強く肋骨を打った。なぜか理由のない緊張が鬼を包む。しかし、それを知らない景は、足下から顔を上げて無邪気に鬼を見上げた。

「悪鬼という言葉があります。悪い鬼、です。つまり、悪くない鬼もいるという意味ではありませんか」
 鬼は無言で唾をごくりと飲んだ。
 景は続ける。

「猛々しい者や勇猛である者にも、鬼という言葉を使いませんか。鬼将軍などと呼ばれる人がいるのを知っています。あまり親しみの湧く呼び名ではありませんが、悪い意味ではなく、畏怖と尊敬を意味しているのだと思います」

 景は優しく鬼を見つめ、ほがらかに微笑んでいた。
 その瞳は、無理をしてお世辞を言おうとしている者のそれではなく、本当にそう思っているからそう言っただけという無邪気さがあった。
 いつのまにか、鬼の足はぴたりと止まっていた。それに気付いた景も、合わせて立ち止まる。

「どうしました?」
 鬼は答えなかった。答えが、なかったからだ。