その乳母とやらは、表通りを少し入った寂れた小さい脇道の入り手にある、多くの貧しい町人が共同で暮らしている家にいた。襖だけで仕切られた部屋と部屋に、床は畳もなく、すり切れた茣蓙が敷かれているだけだ。
何日も風呂に入っていない人間の匂いがそこここからした。
しかし、その乳母本人は小綺麗にしていて、清潔な着物によく櫛の通った白髪を品良く結い上げている。
名を千代といい、少女のことを『姫』と呼んだ。
少女が暴漢に襲われそうになり、鬼に助けられたのだという説明をすると、千代は顔を真っ青にした。
「姫さま、それはあの悪女の仕業かもしれませんよ。どうか、どうかお気を付けくださいな」
「お義母さまがそこまでされるかしら……。ただの偶然ということもあります。裕福そうな人間を狙っただけかも」
「いいえ、千代には分かります。あの女が仕掛けたんだわ。あの人の皮を被った化け物ですよ!」
そして、千代はなんどもなんども口を酸っぱくして「気を付けてください」と繰り返した。
さらに鬼に向かっては何回も礼を言い、無事に『姫』を屋敷まで送ってくれと懇願した。鬼は黙ってうなづいた。まさか自分が『姫』を殺すために差し向けられた暗殺者だとは、露ほどにも思っていないだろう。

