鬼景色


 鬼は黙った。

 正直、ますます疑問が湧くだけだ。後で使いを出せない理由が説明できないし、裕福な商家の年若い娘が、乳母の世話などやくものだろうか。
 しかし少女は、鬼の疑問を感じ取ったようだった。少し切なそうに微笑むと、簡単に事情を説明した。

「わたしの母は幼い頃に亡くなって、この乳母が母代わりでした。でも父が再婚して、その相手の方が、わたし達を(うと)みだしたのです。乳母は暇を出されました。わたしは、さすがに父がいますから、追い出す訳にもいかないようで……」

 なるほど、と鬼は思った。
 この少女の、か弱いだけではない底辺の強さのようなものは、こうした境遇で培われてきたものなのだろう、と。なるほど、この少女には、良家で育った娘独特の可憐さがあったが、脆弱さはない。しかし、鬼は同情はしなかった。

 なぜなら、鬼に情などというものは無いからだ。

「死にたいのなら、そうするんだな」
 冷たく言い放たれた鬼の言葉に、娘は表情を曇らせたが、泣きはしなかった。

「死にたいとは思いません。でも、恩人の期待を裏切ってまで、生きようとは思いません」
「たかが飯だろう」
 鬼は少女の持つ風呂敷包みを顎でしゃくって示した。

「ええ……でも、わたしが今持って行かなかったら、次がいつになるか分かりません。毎日自由に外に出られる訳ではないんです」

 なんという頑固さだ。
 反論する気も失せて、鬼はくるりと少女に背を向けた。

 鬼が数歩歩き出しても、少女はそのままの場所にぽつねんと佇んだままでいた。その姿は、(はかな)げだった。それはそうだろう、鬼と剣の両方に狙われているとあっては、彼女の命はもう長くは持たないのだから。
 俺は、なにをしているんだ。

 鬼は少女を振り返り、彼女の瞳をまっすぐに見つめた。
 彼女の瞳もまた、鬼をまっすぐに見据えている。

「長居はするな。物を渡すだけで終わりにしろ」

 少女は安堵のため息をもらし、微笑みながら鬼の隣に駆け寄った。そしてふたりはそのまま並んで歩きはじめた。