陽羽(ひのは)が合図をすると楽師たちが一斉に立ち上がり、それぞれが手にしている楽器に仕込んだ武器を引き抜く。

それを見た高天(たかあまの)(みかど)は、「やはりそうか」と考えていた。

(陽羽が「自分のお抱えの楽師たちを宴に出したい」と申し入れてきたとき、怪しいと感じた。案の定、あの者たちは彼女が集めた刺客だったのだな)

こうした流れになったきっかけは朱華の発言だったが、どちらにせよ陽羽はこの宴の場で高天帝に何か仕掛けるつもりだったに違いない。

彼らの動きを受け、あらかじめ数を多くしていた(ぶえ)衛司(いのつかさ)たちが素早く駆けつけてきて、刺客との戦闘が始まる。

文官や女官、采女など、血生臭いこととは無縁の者たちが悲鳴を上げて逃げ始め、広場は騒然となった。剣獅(けんじ)の烈真が高天帝の傍で太刀を抜き、押し殺した声で告げる。

「陛下、お下がりください」
「いや。そなたは朱華を連れて、私から少し離れよ」

彼が驚いたように目を瞠り、こちらを見る。

高天帝は首元で結ばれていた朱纓(しゅえい)をスルリと解き、冕冠(べんかん)を地面に投げ捨てた。そして太刀を下げていた革帯とその下の大帯、(じゅ)を外し、十二の紋様が刺繍された緋色の袞衣(こんい)もバサリと脱ぎ捨てる。

白妙の内衣(ないい)姿になった高天帝は、深呼吸をした。天地の気脈を探り、根源的な感覚を呼び覚ます。

するとじわじわと血が沸き立ち、全身の骨が軋むのと同時に、爪が鋭く伸び始めた。皮膚に黒く輝く宝石のような鱗が生え、みるみるその範囲を広げていく。

次第に視界が高くなり、小さくなっていく人々が顔色を変えてこちらを指さしていた。

「み、見ろ。龍帝陛下が――……」

高天帝は、遠い昔の記憶をよみがえらせていた。

かつてこの身は天翔ける龍であり、頭に生えた二本の角から天地の気脈を感じ取れる存在だった。

雨と(いかづち)を操り、大地を鳴動させ、尾の一振りで辺り一帯をなぎ倒すことができたため、長いこと戦乱の渦中にあったこの国を平定して皇帝となったのだ。

その頃の姿に戻った今は人の器に収まっているときとは比べ物にならないほど五感が冴え渡り、高天帝は充足感に大きな息をつく。

銀の(たてがみ)と赤い瞳、大きな鉤爪と黒く輝く鱗を持つ巨大な龍に変身した姿を見上げ、人々が声を上げた。

「り、龍だ」
「龍帝陛下が、真のお姿になられた……!」