「皇宮の書庫内にある禁書は、朱華の言うとおり官僚すら閲覧を許可されていない。だとすれば〝()(きょく)(そう)〟の作り方を知ることができたのは、私以外の唯一の皇族である陽羽(ひのは)しかいないだろう」

すると陽羽が、どこか不遜な笑みをにじませて答える。

「何かの間違いよ。その采女はわたくしを陥れるために、そんなことを言っているんだわ」
「朱華がわざわざ嘘をつき、そなたを陥れる目的は何だ」
「さあ? 先日その采女を呼びつけて少々嫌みを言ったから、それで恨まれているのではないかしら」

高天(たかあまの)(みかど)は、再び朱華に視線を戻す。
彼女は切実さをにじませた眼差しでこちらを見つめて告げた。

「わたくしは星凛(せいりん)(きみ)と風峯さまから、龍帝陛下に助けを求めた時点で母親の命はなくなると思えと脅されました。自分たちにとっては、わたくしに罪を唆したという重要な証拠になる。だから母を生かしておくわけがないと」
「――……」
「皇宮内には何人もの間諜が入り込んでおり、わたくしの行動も龍帝陛下の動きも監視しているそうです。実際にわたくしは風峯さまの息がかかった官人から声をかけられたことがあり、それは嘘ではないのでしょう。今こうしている瞬間も、母の命を奪うべく伝令がいっているのかもしれません」

朱華が陽羽と風峯から脅迫されていたのだと知り、高天帝の中に怒りがこみ上げる。

母親の命を盾に龍帝を暗殺するように再三に亘って迫られていた彼女は、どれだけ追い詰められていたのだろう。

しかし高天帝は、朱華から殺意を感じたことは一度もなかった。彼女がこちらを真っすぐに見つめ、言葉を続ける。

「母の身に危険が迫っているとわかっていても、わたくしはどうしても龍帝陛下を弑すことができません。ですが暗殺の密命を帯びて皇宮に出仕した時点で、わたくしも充分罪に価するのだと思います」
「それは……」

――それは違う。

高天帝はそう言おうとしたものの、朱華はこちらの言葉を遮って言った。

「わたくしはこの命をもって、罪を(あがな)います。ですからどうか、龍帝陛下のお慈悲で母のことだけは助けていただけないでしょうか。お願いいたします」

伏してそう懇願した彼女は顔を上げ、おもむろに〝無極霜〟をつかむ。
それを見た高天帝は、ハッとして声を上げた。

「よせ……っ」