彼女の声が震え、目から涙が零れ落ちる。
それを見た高天(たかあまの)(みかど)は、痛々しさをおぼえつつ朱華に向かって口を開いた。

「そなたの母御を人質に私の暗殺を唆し、次期龍帝の座を狙っている者とは、一体誰だ」

既に察しがつきながらもあえて問いかけたところ、彼女は視線を巡らせて上座に近いところに座る人物を見つめ、答える。

「――皇妹殿下であらせられる、星凛(せいりん)(きみ)でございます」

人々がざわめき、陽羽(ひのは)に注目が集まる。

高貴な身分にふさわしい華やかな装いの彼女は、苛烈な眼差しで朱華を見つめ返した。そして席に座したまま、居丈高な口調で言う。

「わたくしがあなたに、お兄さまの暗殺を唆したと? 一体どこにそんな証拠があるの」
「一週間前、わたくしが碧霄宮(へきしょうぐう)の女官から声をかけられ、奉職を中断して宮に参った様子を内儀(ないぎ)祢音(ねね)さまが目撃しておられます。そしてわたくしは、そのときあなたさまからある物をお預かりいたしました」

落ち着き払った口調でそう告げたあと、朱華が大袖の懐から小さな布の包みを取り出す。
彼女はそれを広げ、高天帝の目に触れるようにしながら説明した。

「これは〝()(きょく)(そう)〟と呼ばれる丸薬で、人はもちろん龍も殺すほどの猛毒なのだそうです。皇宮の書庫で禁書とされている古文書に記されていたもので、山陰巫(やまかげのかんなぎ)と呼ばれる土着の薬師に依頼して調合させたのだと説明されました」

朱華は「つまり」と言葉を続ける。

「一般の人間は禁書を閲覧できないとのことですから、それこそが皇族の星凛の君が関わっているという証拠になるのではないでしょうか。わたくしはこれを使って龍帝陛下を暗殺するように命じられ、ずっと隠し持っておりました」

高天帝はかすかに眉をひそめ、彼女の手の中にある丸薬について考えつつ口を開いた。

「私は即位してからひととおり禁書に目を通したため、〝無極霜〟という名は記憶に残っている。入手困難な材料をいくつも必要とする猛毒で、あまりに危険なものゆえにその作り方は秘中の秘とされたのではなかったか」

高天帝は記憶を探り、〝無極霜〟に関する記述を思い出す。

かつて白桜国に侵攻しようとした国があり、その国の王族が龍帝を暗殺するために呪術師に作成を依頼した毒があったが、結局は未遂に終わった。

それが〝無極霜〟であり、捕縛された呪術師はその作り方を自白させられたあと、死刑に処されたのだという。