「わたくしは内蔵頭(くらのかみ)である風峯さまの息女として出仕いたしましたが、その素性は嘘でございます。かのお屋敷で働いていた平民であり、ある日突然『自分の養女となって、華綾の采女として出仕しないか』と持ちかけられました」

――朱華は語った。

高天(たかあまの)(みかど)が妃を娶らないこと、そして後継となる御子がいないことを理由に廃位しようと考える一派が宮廷内に存在し、自分がその一人だと風峯が語ったこと。

新たな龍帝を擁立することを目論む彼らだったが、高天帝の傍には朝議のときですら近寄れないこと。そのため、龍帝の住まいである皇極(こうきょく)殿(でん)に仕え、身の回りの世話をするのが役目である華綾の采女に目をつけたこと――。

高天帝は朱華が風峯の実子ではないのは知っていたものの、皇宮に潜入した理由に関しては初耳だった。
すると席を立った風峯が、顔色を変えて声を上げる。

「そなた、突然何を申す。この私を愚弄する気か」

彼はまろぶようにして宴席から出てくると、高天帝に対しておざなりに礼を取り、必死で言い訳をする。

「龍帝陛下、わたくしの娘は皇宮勤めで心を病み、世迷言を申しているようです。この場から即刻下がらせますゆえ、どうかご容赦を。朱華、こっちに来るのだ。陛下のお耳を事実無根の話で汚すのは不敬なるぞ」
「風峯、控えよ。私は今、朱華と話をしている」
「しかし……っ」

高天帝は風峯に鋭い視線を向け、静かな口調で告げる。

「――そなた、龍帝たる私の言うことが聞けぬと申すか」
「……っ」

彼がぐっと言葉に詰まり、蒼白な顔で口をつぐむ。朱華に視線を向けると、彼女が再び話し始めた。

「風峯さまにはご息女がいらっしゃらないため、わたくしに白羽の矢を立てたようでした。本来皇宮で働けるような身分ではないために辞退しようといたしましたが、『断れば殺す』と脅されてしまったのです。そしてわたくしは……華綾の采女として出仕し、龍帝陛下を暗殺することを承諾いたしました」

すると人々がどよめき、ざわざわと騒ぎ始める。
風峯が狼狽した様子で視線をさまよわせる横で、朱華が言葉を続けた。

「しかしながらわたくしは、龍帝陛下を弑し奉ることにひどく躊躇いがございました。親しくお言葉を交わす機会をいただくうち、高潔で穏やかなお人柄である陛下が廃位するにふさわしい暗君だとは、とても思えなかったのです。ですがいつまでも決行しないことに業を煮やした風峯さま、そしてその背後にいる次期龍帝を地位を狙うお方は、母を捕らえて剥がした生爪をわたくしに見せつけ、暗殺を急かしてきました」