そう考えた高天(たかあまの)(みかど)は、朝霧に祭祀と宴の警備を厚くするように申しつけ、彼は「武衛監(ぶえいかん)と連携し、準備をいたします」と言って退室していく。

かくして始まった瑞穂(みずほ)の祭祀は、滞りなく終わった。その後は参加者たちによる燈籠流しとなり、一旦皇極(こうきょく)殿(でん)に下がった高天帝は斎服から袞衣(こんい)に着替え、再び人々の前に戻る。

皇極殿の前庭は広く、あちこちに篝火(かがりび)が焚かれていて、やがて始まった宴は盛況だった。
華やかな楽の音が奏でられ、給仕の者たちが新しい酒や料理を持って忙しそうに立ち動き、参加者はそれぞれ盃を手に笑いさざめいている。

そんな中、玉座に座って官僚たちの挨拶を受ける高天帝は、さりげなく会場を見回して朱華の姿を探していた。

萩音に殺意を向けられたことは彼女の心を深く傷つけたはずで、もしかすると宴には参加せずに(すい)霞宮(かきゅう)に下がったかもしれない。

そう思っていたところでどこからか現れた朱華が玉座の前に進み出てきて、高天帝は驚きに目を瞠った。

こうした場で謁見を求めてくるのは他国からの賓客や官僚、招待客などが多く、龍帝の身の周りの世話をする華綾の采女が出てくることはない。

宴の参加者たちも同じことを思ったのか、いつしか皆が彼女に注目し、ざわめきが静まっていった。

朱華が跪き、高く上げた両の袖で顔を隠して拝謁する。

「――龍帝陛下にご拝謁の機会を賜り、恐悦至極にございます。この場にて申し上げたき儀がございますが、お聞きくださいますでしょうか」

彼女が一体どういうつもりなのかわからず困惑しつつも、高天帝はそれを顔には出さずに答える。

「許す。申してみよ」

すると腕を下ろして顔を上げた朱華が、どこか悲壮な決意をにじませた眼差しで口を開いた。

「不躾なことを申し上げる非礼を、先にお詫びいたします。龍帝陛下は現在の宮廷内にご自身を廃位し、新たな龍帝を擁立しようとする動きがあることはご存じでしょうか」

突然切り込んだ質問をされ、高天帝は内心驚きながらも直截的な答えを避ける。

「……委細を聞こうか」