そんな国を統治して代々守ってきたのが、龍帝だ。

人間の乙女を愛して地上に留まった龍が皇帝となり、(まつりごと)と祭祀を行って天の恵みを与えてくれている。

他国との争いは多少はあったものの大きな戦は起きておらず、首都や村が発展したのは龍帝の功績と言っていいはずだ。その末裔である高天帝も立派に国を治めていて、朱華はそんな彼を誇りに思う。

気づけばだいぶ人々が少なくなっていて、朱華は踵を返して皇極(こうきょく)殿(でん)の前庭に戻った。すると燈籠流しのあいだに官人たちが慌ただしく準備を整えていて、やがて宴が始まる。

今回はいくつもの篝火(かがりび)が灯る広大な前庭に会場が設営され、高天(たかあまの)(みかど)が座る玉座も外に置かれていた。

楽師たちが妙なる調べを奏で、卓の上には贅を尽くした料理や酒、果物が溢れんばかりに並べられていて、かぐわしい香りが食欲をそそる。

官僚たちが代わる代わる高天帝に謁見を求め、彼は玉座に座ったままそれを受けていた。本来なら酌をする筆頭は尚侍(しょうじ)の萩音だが、彼女の姿はない。

その代わり役職付きの采女たちが数人傍にいて、澄ました顔で高天帝の盃に酒を注いでいる。
誰もが笑いさざめきながら宴を楽しんでおり、それは華綾の采女たちも同様だった。中にはわざと男たちの傍を通っては自身の美しさを誇示している者もいて、宴は華やいだ雰囲気に満ちている。

謁見の人々が途切れたのを見計らい、朱華は末席から立ち上がった。前庭の中央を真っすぐに歩き始めると、人々がふと興味を引かれたようにこちらを見る。

華綾の采女がこうした場でわざわざ龍帝に謁見を願い出ることはないため、彼らは「一体何事だ」と思っているに違いない。

それは高天帝も同様で、玉座に座る彼は問うような眼差しでこちらを見ていた。朱華は玉座の手前で膝をつくと高く上げた両の袖で顔を隠し、拝謁する。そして深呼吸をして、口を開いた。

「龍帝陛下にご拝謁の機会を賜り、恐悦至極にございます。この場にて申し上げたき儀がございますが、お聞きくださいますでしょうか」