萩音が小刀を鞘から抜いた途端、納屋に差し込んだ陽光を受けて刃が光る。
それを見た朱華は蒼白になりながら考えた。
(わたしは……今ここで死ぬわけにはいかない。まだしなければならないことが残っているのだから)
そんなふうに思いつつ、よろめきながら立ち上がった朱華は、彼女に向かって言った。
「萩音さまがわたくしを手にかければ、大きな騒ぎになります。今の立場を失いたくないのなら、どうかおやめください」
「あら、今は祭祀と宴の準備で忙しくて、この辺りに人はいないわ。それがわかっているからこそ、あなたをここに連れてきたのよ」
萩音の口調は相変わらずおっとりしているものの、目には明確な殺意が浮かんでおり、朱華は彼女の本気を悟る。
小刀が大きく振り上げられ、咄嗟に横に身をかわした。萩音が再び襲ってこようとした瞬間、納屋の扉が開いて、現れた人物が彼女の腕を後ろからつかむ。
「あなたは……」
萩音の腕をつかんでいるのは、内儀の祢音だった。
癖のない真っすぐな黒髪とすっと切れ上がった目元、静謐な雰囲気の持ち主である彼女は二十代前半で、役職付きの華綾の采女の中で上から二番目の位にある女性だ。
普段は口数が少なく、萩音の補佐として黙々と仕事をこなしている。祢音が彼女に向かって言った。
「朱華に危害を加えようとする行動は、萩音さまがお持ちである権を大きく逸脱しております。ましてや今日は大切な祭祀の当日、それを血で汚そうとするのは龍帝陛下の権威を汚すのも同然です」
祢音の横槍が意外だったのか、萩音が顔をこわばらせてつぶやく。
「どうしてあなたがここに……わたくしは華綾の采女でもっとも高い位である、尚侍よ。偉そうに指図するなんて、一体何様のつもりなの」
「実はわたくしは華綾の采女ではなく、皇宮内の秩序を守る内衛司の一人です。皇極殿に仕える采女は女性だけの集まりのため、役職付きの身分を与えられて密かに内偵しておりました。もし盗みなど規律を乱す者が現れたり、度を越したいじめ等が起きた場合、ただちに該当者を拘束できる権限を与えられております」
それを見た朱華は蒼白になりながら考えた。
(わたしは……今ここで死ぬわけにはいかない。まだしなければならないことが残っているのだから)
そんなふうに思いつつ、よろめきながら立ち上がった朱華は、彼女に向かって言った。
「萩音さまがわたくしを手にかければ、大きな騒ぎになります。今の立場を失いたくないのなら、どうかおやめください」
「あら、今は祭祀と宴の準備で忙しくて、この辺りに人はいないわ。それがわかっているからこそ、あなたをここに連れてきたのよ」
萩音の口調は相変わらずおっとりしているものの、目には明確な殺意が浮かんでおり、朱華は彼女の本気を悟る。
小刀が大きく振り上げられ、咄嗟に横に身をかわした。萩音が再び襲ってこようとした瞬間、納屋の扉が開いて、現れた人物が彼女の腕を後ろからつかむ。
「あなたは……」
萩音の腕をつかんでいるのは、内儀の祢音だった。
癖のない真っすぐな黒髪とすっと切れ上がった目元、静謐な雰囲気の持ち主である彼女は二十代前半で、役職付きの華綾の采女の中で上から二番目の位にある女性だ。
普段は口数が少なく、萩音の補佐として黙々と仕事をこなしている。祢音が彼女に向かって言った。
「朱華に危害を加えようとする行動は、萩音さまがお持ちである権を大きく逸脱しております。ましてや今日は大切な祭祀の当日、それを血で汚そうとするのは龍帝陛下の権威を汚すのも同然です」
祢音の横槍が意外だったのか、萩音が顔をこわばらせてつぶやく。
「どうしてあなたがここに……わたくしは華綾の采女でもっとも高い位である、尚侍よ。偉そうに指図するなんて、一体何様のつもりなの」
「実はわたくしは華綾の采女ではなく、皇宮内の秩序を守る内衛司の一人です。皇極殿に仕える采女は女性だけの集まりのため、役職付きの身分を与えられて密かに内偵しておりました。もし盗みなど規律を乱す者が現れたり、度を越したいじめ等が起きた場合、ただちに該当者を拘束できる権限を与えられております」
