(お父さんが生きていた頃は通いの女中さんに料理や掃除をしてもらっていたから、お母さんには経済観念がないんだわ。何かあったときに困ると思ってお金を渡していたけど、お肉を頻繁に買っていたらすぐになくなってしまう)

とはいえ外で働いている娘を気遣ってしてくれていたことだと思うと、責める気になれない。
朱華は精一杯明るい顔で言った。

「この汁の中に、小麦粉を練って作った団子を入れるのはどうかしら。出汁が染みて、きっと美味しいわ」
「それはいい考えね」

小麦粉に少量の塩を入れて練り、それを煮立った鍋の中に落とす。その作業を見て、彼女が関心した表情で言った。

「あなたがこんなふうに料理ができるなんて、驚きよ。今までやったことはなかったでしょう」
「風峯さまのお屋敷の厨房で、賄いをこうして作っているのを見たの」

やがて出来上がった汁は、滋味豊かで美味しかった。
団子は硬めに作ったために食べ応えがあり、板間で藁座(わろうだ)に正座した朱華は中身を啜りながら考える。

(風峯さまにお母さんの面倒を見てもらえるようになれば、こうして食材ひとつ買うのにピリピリしなくて済むんだわ。きっと今以上に栄養のあるものを食べさせてくれる)

それだけではなく、きちんとした医者に診てもらえるようになれば、桔梗の体調は今よりも格段に改善するはずだ。

だがそのためには風峯の要求に応じ、華綾の采女として皇宮に出仕して龍帝を殺さなくてはならない。

(そんなことができるの? 相手は龍の化身と言われていて、人の姿を取っているにすぎない。こちらの害意を気取られたら、すぐに殺されてしまうかも)

思わずゾクッとして、朱華は手の中の椀を膝の上に置く。
するとそれを見た桔梗が、不思議そうな顔で問いかけてきた。

「どうしたの? 何だか顔色が悪いけれど、仕事で疲れてしまった?」

顔を上げた朱華は、目の前に座る母の顔をじっと見つめる。そして意を決して切り出した。

「お母さん。――わたし、今日風峯さまから『養女にならないか』と誘われたの」
「えっ?」