顔を上げた朱華は、驚きながら答えた。
「はい、何でしょう」
「わたくしと一緒に来てちょうだい」
彼女が踵を返して歩き出したため、朱華はその後ろをついていく。萩音がチラリとこちらを振り返って言った。
「あなたの今日の衣裳、素敵ね。よく似合っているわ」
「ありがとうございます」
にこやかな彼女の態度には棘がなく、朱華はそれに少しホッとする。
(この方はわたしが華綾の采女たちの中でどういう立ち位置にいるか気づいているはずなのに、最初から一貫して態度を変えていない。……ある意味公平な人だわ)
朱華が采女の中でただ一人高天帝から目を掛けられているのは周知の事実のため、誤魔化しようがない。
周囲は嫉妬して軽微な嫌がらせをしてきていたが、萩音はそれに加担しない一方、彼女たちを罰することもなく中立を保っていた。
おそらくは華綾の采女が龍帝の花嫁候補であるのを鑑み、ある程度そうした流れになるのは仕方がないと許容してのことなのだろう。
采女たちは朱華が自分たちの行動を高天帝に報告するのを恐れ、無視や悪口程度の嫌がらせしかしていなかったため、萩音は自身が何か言うことで事を大きくしないほうがいいと考えているのかもしれない。
そんなことを考えながら歩いていた朱華は、彼女が翠霞宮を出て皇極殿を通り過ぎ、どんどん皇宮の北側へ進んでいくのに気づいて戸惑って声を上げる。
「あの、萩音さま。一体どちらに……」
萩音は答えずにそのまま歩き、やがて太白楼近くの小さな納屋までやって来た。
彼女が扉を開け、「入って」と言ったため、朱華は躊躇いがちに足を踏み入れる。するとそこは建物を修繕するための木材や瓦、調度品の修理に使う塗料などがしまわれていて、薄暗く雑多な雰囲気だった。
「ここは……」
つぶやいた瞬間、突然後ろから強く背中を押され、身構えることもできなかった朱華は勢いよく地面に倒れ込む。
後ろ手に扉を閉めた萩音がこちらを見下ろしてきて、朱華はひどく混乱した。明かり取りの小窓からわずかな光が差し込む納屋の中、彼女が微笑みながら口を開く。
「素敵な衣裳が、土で汚れてしまったわね。でもあなたにはそういう姿がお似合いよ」
「――……」
「ねえ、教えて。なぜあなたが龍帝陛下に選ばれたの? わたくしはこれまで、人一倍努力してきたわ。幅広い知識教養を身に着け、舞や楽器の演奏はもちろん、立ち居振る舞いや日々の言動にも気を配って、常に人の模範になるように意識してきたの。いつか陛下の妃になりたい一心でね」
「はい、何でしょう」
「わたくしと一緒に来てちょうだい」
彼女が踵を返して歩き出したため、朱華はその後ろをついていく。萩音がチラリとこちらを振り返って言った。
「あなたの今日の衣裳、素敵ね。よく似合っているわ」
「ありがとうございます」
にこやかな彼女の態度には棘がなく、朱華はそれに少しホッとする。
(この方はわたしが華綾の采女たちの中でどういう立ち位置にいるか気づいているはずなのに、最初から一貫して態度を変えていない。……ある意味公平な人だわ)
朱華が采女の中でただ一人高天帝から目を掛けられているのは周知の事実のため、誤魔化しようがない。
周囲は嫉妬して軽微な嫌がらせをしてきていたが、萩音はそれに加担しない一方、彼女たちを罰することもなく中立を保っていた。
おそらくは華綾の采女が龍帝の花嫁候補であるのを鑑み、ある程度そうした流れになるのは仕方がないと許容してのことなのだろう。
采女たちは朱華が自分たちの行動を高天帝に報告するのを恐れ、無視や悪口程度の嫌がらせしかしていなかったため、萩音は自身が何か言うことで事を大きくしないほうがいいと考えているのかもしれない。
そんなことを考えながら歩いていた朱華は、彼女が翠霞宮を出て皇極殿を通り過ぎ、どんどん皇宮の北側へ進んでいくのに気づいて戸惑って声を上げる。
「あの、萩音さま。一体どちらに……」
萩音は答えずにそのまま歩き、やがて太白楼近くの小さな納屋までやって来た。
彼女が扉を開け、「入って」と言ったため、朱華は躊躇いがちに足を踏み入れる。するとそこは建物を修繕するための木材や瓦、調度品の修理に使う塗料などがしまわれていて、薄暗く雑多な雰囲気だった。
「ここは……」
つぶやいた瞬間、突然後ろから強く背中を押され、身構えることもできなかった朱華は勢いよく地面に倒れ込む。
後ろ手に扉を閉めた萩音がこちらを見下ろしてきて、朱華はひどく混乱した。明かり取りの小窓からわずかな光が差し込む納屋の中、彼女が微笑みながら口を開く。
「素敵な衣裳が、土で汚れてしまったわね。でもあなたにはそういう姿がお似合いよ」
「――……」
「ねえ、教えて。なぜあなたが龍帝陛下に選ばれたの? わたくしはこれまで、人一倍努力してきたわ。幅広い知識教養を身に着け、舞や楽器の演奏はもちろん、立ち居振る舞いや日々の言動にも気を配って、常に人の模範になるように意識してきたの。いつか陛下の妃になりたい一心でね」
