高天(たかあまの)(みかど)の面影を思い浮かべるだけで、朱華の胸は強く締めつけられる。

皇宮の敷地内で偶然出会い、少しずつ距離を縮めていつしか想いが通じ合ったことは、自分にとって奇跡と言っていい出来事だ。

龍帝である高天帝に愛された事実は、平民出身である自分には身に余る光栄に違いない。彼と過ごした時間を思い浮かべるだけで、朱華の心はほんのりと温かくなる。

(わたしはもう、一生分の幸せをあの方に与えていただいた。だからその事実を手紙で伝えておきたい)

そう考えた朱華は、翌朝早く起きて文机に向かうと、改めて高天帝への手紙を丁寧にしたためた。

そして封をし、室内をきれいに整えたあと、采女の仕事に向かう。今日は瑞穂(みずほ)の祭祀の当日とあって、皇宮内は慌ただしい雰囲気に包まれていた。

皇極(こうきょく)殿(でん)の広い前庭では神殿の祝部(ほうりべ)や巫女たちが祭壇の設営をし、官人たちが参加者が座る場所に坐具を並べたりと忙しく立ち動いている。

華綾の采女たちは摘んできた花をあちこちに美しく生け、舞手となる者はその動きを打ち合わせたりと準備に余念がなかった。

祭祀は申の刻に始まるため、その半刻前になると(すい)霞宮(かきゅう)は着替える采女たちでごった返している。

何しろ宮中行事は華綾の采女にとって龍帝に自身の美しさを誇示する絶好の機会であり、来場者の注目度も高い。

彼女たちは今日のために新調した衣裳に身を包み、金銀で造られた花釵(かさい)歩揺(ほよう)で髪を華やかに飾って、念入りに化粧をしていた。

そんな中、自分の部屋で身支度を整えた朱華は、文机の引き出しを開ける。そこには小さな布の包みがあり、取り出して開いてみると中には灰色の小さな丸薬が入っていた。

(これが、〝()(きょく)(そう)〟。……人はもちろん、龍も殺す猛毒……)

一週間前に陽羽(ひのは)からこれを渡されてからというもの、恐ろしくて見ることができず、引き出しの中にしまい込んでいた。

禁書といわれる古文書に記されていたものを土着の妖しい薬師に造らせたというが、彼女があれほどまでに自信満々に渡してきたのだから、きっと効果があるのだろう。

つまり自分がこれを高天帝に飲ませれば、彼は死ぬ。そう考え、朱華はぐっと顔を歪める。

「……っ」

丸薬を食い入るように見つめた朱華は、それを布に包み直すと懐にしまった。

そして部屋を出て廊下を歩き出したところ、しばらくして行く手から尚侍(しょうじ)の萩音が歩いてくるのが見える。

彼女は相変わらず匂い立つような美貌で、朱華は優雅な雰囲気に圧倒されつつ廊下に脇によけて一礼した。

すると萩音がふいに声をかけてくる。

「いいところにいたわ、朱華。少し用事を頼まれてくれるかしら」