高天(たかあまの)(みかど)の妹である陽羽(ひのは)が住まう碧霄宮(へきしょうぐう)に呼び出され、風峯から「瑞穂(みずほ)の祭祀の日が終わるまでに龍帝を暗殺しなければ、母親の命はないと思え」という脅しを受けたのは、六日前のことだ。

その際に陽羽から瓶の中に入れた生爪を見せられ、それが母の桔梗のものであると確信した朱華は言葉を失った。

直接無事を確かめようにも、華綾の采女は月に二回ある休日以外は皇宮の外に出ることができない。

手紙を書いても返事はなく、「今のところは化膿しないようにきちんとした手当を受けていて、持病の薬も与えられている」という彼らの言葉を信じるしかない現状に、朱華は心配で胸が張り裂けそうになっていた。

(お母さん、突然あんな暴力を受けて心臓に負担がかかっていないかしら。わたしのせいで巻き込んでしまって、どう謝っていいかわからない)

あれから何度も血と肉片が付着した生爪を思い出し、食欲を失った朱華は数日のうちにひどく痩せた。

それでも何とか采女の仕事をこなしていたものの、どんな顔をして高天帝に会えばいいかわからず、四日ものあいだ彼の誘いを断ってしまった。

すると高天帝は雅な便箋で見舞いの手紙をしたためてくれ、流麗なその文字を見た朱華はしばらく考えたあと、「今宵、どこかの宮でお会いできますでしょうか」という返事を送った。

数日ぶりに会った彼はこちらの身体を気遣ってくれ、相変わらず端整な顔立ちや低く落ち着いた声、細やかな愛情を目の当たりにした朱華は、改めて高天帝への想いを自覚した。

(わたしはやっぱり、この方が好き。……誰よりも何よりも大切だし、ずっと生きていてほしい)

彼と酒を酌み交わし、これまで稽古してきた舞を披露して身体を重ねた二人きりの時間は、言葉にできないほど幸せだった。

今日の高天帝は首都・千早台(ちはやだい)近郊の八重垣郷(やえがきごう)に行幸しているといい、おそらく皇宮への戻りは遅くなるだろう。

疲れている彼には休息が必要で、朱華はたとえ誘いがあっても断ろうと考えた。

(明日がついに期日だけれど、身の振り方はもう決めた。でも、この選択をしたわたしを(ちさ)()さまはどう思うかしら)