優雅に一礼した陽羽が侍女たちと共に退室していき、高天帝はその後ろ姿を見送る。
(陽羽にはああ言ったものの、新たに楽師の数が増えるとなれば、警備面や進行に影響があるだろう。あとで改めて報告させなければ)
翌日に首都・千早台近郊の軍施設に視察に行く予定があった高天帝は、その日は早い時間に休んだ。
そして朝早くに起床して馬車で目的地まで移動したあと、模擬訓練の様子を視察し、将軍たちと軍議を行う。
皇宮に戻ったのは、日が暮れる頃だった。湯浴みをしながらふと朱華に会いたい気持ちが募ったものの、「今日はやめておこう」と自重する。
明日の瑞穂の祭祀のあと、高天帝は宴で朱華を妃に昇格すると発表するつもりだ。誰にも相談せず、自分の意思でそう決めた。
本当は官僚たちの反発を抑えるためにもう少し根回しが必要だったが、待っていられない。自分にとって朱華が大切な存在なのだと、一刻も早く公に知らしめたくてたまらなかった。
(妃となれば、朱華は私と同じ宮で過ごせるようになる。采女たちとの煩わしい人間関係から解き放たれ、私が唯一愛する妻として生涯添い遂げるんだ。突然の発表に最初は驚いても、彼女はきっと喜んでくれるに違いない)
朱華が驚く顔を想像するだけで心がほんのりと温かくなり、高天帝は微笑む。
するとその様子に目を留めた烈真が、不思議そうに問いかけてきた。
「本日の八重垣郷での軍事訓練は、実り多いものでしたか? 龍帝陛下がそのような表情をなさるのは、珍しいですね」
どうやら彼は、高天帝の機嫌がいいのは軍事訓練の成果がよかったせいだと考えているようだ。
それをおかしく思いながら、高天帝は白い湯気が立ち込める湯船の中、熱い湯を片方の手で掬いつつ答えた。
「いや、……何でもない」
* * *
宮中行事を控えているときの皇宮内は、あちこちで準備に追われつつもどことなく華やいでいる。
それは華綾の采女も同様で、普段皇宮の外に出られず娯楽が少ない彼女たちは、舞や楽器の稽古に励んだり宴用の衣裳を新調したりと当日を楽しみにしていた。
そんな中、与えられた仕事を一人でこなしていた朱華は、鬱々とした気持ちを押し殺す。
(ついに風峯さまが言っていた期日が、明日になってしまった。わたしが千黎さまを暗殺しなければ、お母さんが殺されてしまう)
(陽羽にはああ言ったものの、新たに楽師の数が増えるとなれば、警備面や進行に影響があるだろう。あとで改めて報告させなければ)
翌日に首都・千早台近郊の軍施設に視察に行く予定があった高天帝は、その日は早い時間に休んだ。
そして朝早くに起床して馬車で目的地まで移動したあと、模擬訓練の様子を視察し、将軍たちと軍議を行う。
皇宮に戻ったのは、日が暮れる頃だった。湯浴みをしながらふと朱華に会いたい気持ちが募ったものの、「今日はやめておこう」と自重する。
明日の瑞穂の祭祀のあと、高天帝は宴で朱華を妃に昇格すると発表するつもりだ。誰にも相談せず、自分の意思でそう決めた。
本当は官僚たちの反発を抑えるためにもう少し根回しが必要だったが、待っていられない。自分にとって朱華が大切な存在なのだと、一刻も早く公に知らしめたくてたまらなかった。
(妃となれば、朱華は私と同じ宮で過ごせるようになる。采女たちとの煩わしい人間関係から解き放たれ、私が唯一愛する妻として生涯添い遂げるんだ。突然の発表に最初は驚いても、彼女はきっと喜んでくれるに違いない)
朱華が驚く顔を想像するだけで心がほんのりと温かくなり、高天帝は微笑む。
するとその様子に目を留めた烈真が、不思議そうに問いかけてきた。
「本日の八重垣郷での軍事訓練は、実り多いものでしたか? 龍帝陛下がそのような表情をなさるのは、珍しいですね」
どうやら彼は、高天帝の機嫌がいいのは軍事訓練の成果がよかったせいだと考えているようだ。
それをおかしく思いながら、高天帝は白い湯気が立ち込める湯船の中、熱い湯を片方の手で掬いつつ答えた。
「いや、……何でもない」
* * *
宮中行事を控えているときの皇宮内は、あちこちで準備に追われつつもどことなく華やいでいる。
それは華綾の采女も同様で、普段皇宮の外に出られず娯楽が少ない彼女たちは、舞や楽器の稽古に励んだり宴用の衣裳を新調したりと当日を楽しみにしていた。
そんな中、与えられた仕事を一人でこなしていた朱華は、鬱々とした気持ちを押し殺す。
(ついに風峯さまが言っていた期日が、明日になってしまった。わたしが千黎さまを暗殺しなければ、お母さんが殺されてしまう)
