これまで高天(たかあまの)(みかど)には、秘密裏に調査してきたことがある。

少しずつ集めてきた情報や証拠が繋がり、ようやく公にできる準備が整った。しかしそれをいつどのような形でするかが問題で、しばし物思いに沈んだ。

そうするうちに室内に飾られた萩の花にふと目が留まり、昨夜朱華と過ごしたひとときを思い出した高天帝は頬を緩めた。

彼女が椿(つば)()の生まれ変わりだと気づいてからいとおしさが増し、二人きりの時間は言葉にし尽くせないほど甘やかなものだった。

高天帝とは違って朱華には前世の記憶がないものの、それでまったく構わない。現在の彼女を大切に思っていて、また想い合う関係になれたことに深い充足をおぼえている。

(決めた。瑞穂(みずほ)の祭祀のあとに行われる宴で、私は朱華を妃にすると宣言しよう)

華綾の采女として出仕してからというもの、新顔の朱華が古参の采女たちから嫌がらせを受けていたことを高天帝は知っている。

彼女は断固として認めようとしなかったが、他の者の仕事をわざと押しつけられて宴に出席できなかったり、食事の膳を出されなかったこともあるはずだ。

その原因は、今まで華綾の采女と距離を置いてきた高天帝がただ一人朱華を特別扱いをしたからに違いない。

今まではあくまでも〝話し相手〟だとしてきたが、妃に昇格させれば誰も手出しはできなくなる。むしろ彼女たちより位が上になるため、嫌がらせをするのは不可能になるだろう。

そのとき小姓が室内に現れ、礼を取って告げた。

星凛(せいりん)(きみ)から、先触れが来ております。龍帝陛下に謁見を願いたいとのことです」
「わずかな時間なら可能だと伝えよ。この部屋で会う」
「承知いたしました」

彼が退室していき、高天帝は文机の引き出しに先ほどの書簡をしまいながら考える。

陽羽(ひのは)が私に会いたがるとは、珍しい。一体何の用なんだ)

星凛の君とは高天帝の十歳下の妹で、名を陽羽という。

皇宮の敷地内にある碧霄宮(へきしょうぐう)に住んでいて、普段はあまり接点がなかった。彼女は我儘で気位が高く、とにかく華美を好む。

金銀玉珠や宝石の収集はもちろん、衣裳や部屋の調度なども最高級のものを揃え、飽きっぽい性分ゆえに常に新しいものを買い求めて国の財政を圧迫していた。

その現状を知った高天帝は陽羽に節制を申しつけ、宮廷で定めた予算以上の出費を禁じたところ、彼女は大いに反発した。

しかし龍帝たる兄の意向は無視できず、渋々予算の上限を受け入れ、以来没交渉なまま今日に至っている。