白桜国夜話 死を願う龍帝は運命の乙女に出会う

高天(たかあまの)(みかど)は驚きつつ、「それは構わないが」と答える。

「楽の音がないが、大丈夫なのか」
「もしご存じであれば、謳っていただけるとありがたいのですが」
「曲名は?」
「〝月下(げっか)花影(かえい)〟です」

それを聞いた瞬間、高天帝はふと眉を上げたものの、彼女の申し出を了承した。

立ち上がった朱華は少しこちらから距離を取ると、「お願いいたします」と告げる。それを聞いた高天帝は、朗々とした声で〝月下花影〟を歌い始めた。

この曲は白桜国に伝わる古い楽曲で、本来は(しょう)篳篥(ひちりき)で演奏される。
夜の(とばり)が降りる中、遠くに連なる山の輪郭が月光で柔らかく浮かび上がり、薄闇の中で咲き誇る花々から現れた花の精霊が風にそよぎながら月影と戯れるという内容だ。

朱華はほっそりとした腕を伸ばし、手で月光を受け止める所作を見せたあと、柔らかく流麗な動きで花の精霊を表現した。

ときに風と戯れるように領巾を効果的に使う様は、優美でとても美しい。月の光が花々を照らし、妖艶な美しさを垣間見せるという表現のときは眼差しがドキリとするほど艶めいていて、高天帝の目を釘づけにした。

やがて夜明けを迎えると花影は消え、月が静かに山の()へ沈んでいく様子が儚く、余韻を残して曲が終わる。

朱華が床に跪いて両の袖で顔を隠し、「ありがとうございました」と歌唱の礼を述べた。高天帝はそんな彼女を前に、口を開く。

「美しく、見事な舞だった。相当な修練を積んだのだな」
「…………」
「でも、一体なぜこの曲にしたんだ? 古すぎる楽曲ゆえ、今はほとんど知る者がいないものだろうに」
 
高天帝の問いかけに、顔を上げた朱華が答えた。

「舞のお稽古の際に楽曲集を見せていただいたのですが、曲名を見た瞬間に強く惹きつけられたのです。おかしな話なのですけど、どうしてもこの曲を舞って(ちさ)()さまにご覧に入れたい、そうしなければという焦燥に似た思いにかられて、舞をご存じだった雅楽長にお願いしてお稽古をつけていただきました」
「――……」