白桜国夜話 死を願う龍帝は運命の乙女に出会う

顔を上げた朱華は、声を震わせてつぶやく。

「なぜこのように、残酷なことをなさるのですか。何の罪もない母に、どうして……っ」
「あなたが本来の目的を忘れ、お兄さまとの関係にうつつを抜かしているからよ。今のところ母親は化膿しないようにきちんとした手当を受けていて、持病の薬も与えられているわ。だけど今後どうなるかは、あなた次第ね」

桔梗が受けた恐ろしい暴力、それによる痛みを想像し、朱華の目から涙が零れ落ちる。
彼女が嬲るような目つきで言葉を続けた。

「言っておくけれど、あなたがお兄さまに助けを求めた時点で母親の命はなくなるわ。わたくしたちにとっては、あなたに罪を唆したという重要な証拠ですもの。生かしておくわけがないでしょう?」
「……そんな」

そこで風峯が、陽羽の言葉を補足する。

「そなたの母親の身柄は以前の家とは違うところに移してあるゆえ、救い出そうなどと考えないことだ。そなたがどういう行動を取っているかは、皇極(こうきょく)殿(でん)に潜り込ませた私の手の者が概ね把握している。龍帝陛下の動きも監視しているから、我々の企みを密告すればすぐに桔梗が死ぬということを理解するがよかろう」

確かに数日前、朱華は皇極殿で奉職中に間諜らしき官人から声をかけられており、風峯の息がかかった者が複数潜り込んでいることは容易に想像ができる。

(わたしが(ちさ)()さまを殺さなければ……お母さんが死ぬ。今この瞬間も、生爪を剥がされた痛みに苦しんでる……)

唇を引き結び、床についた手をぐっと握る朱華を見下ろして、彼が言葉を続けた。

「一週間後、皇宮にて秋の収穫前の五穀豊穣を願う祭祀が行われる。その日が終わるまでにそなたは龍帝陛下を暗殺せよ」
「……っ」
「もし期日を過ぎても決行しなければ、桔梗の命はないと思え。裏を返せば、それまではきちんと手当をして持病の薬も与えるという意味だ。自分がどう行動するべきか、もうわかっておるな」

(ながいす)に腰掛けた陽羽が、手の中の紈扇(がんせん)を弄びつつ微笑んで言う。

「その()(きょく)(そう)は、あなたが持って帰りなさい。首尾よくお兄さまを暗殺することに成功したら、混乱に乗じて上手く皇宮から脱出させ、多額の報奨を取らせた上で母親と暮らせるようにしてあげます。わたくしは決して嘘はつかないわ、だから頑張りなさい、ね?」