朱華はぐっと唇を引き結ぶ。

自分をこうして呼びつけたのは、いつまでも暗殺を決行しないことに業を煮やして発破をかけるためだろう。

間諜として潜入させている官人を使って圧をかけたものの、それでも行動を起こさなかったため、直接問い質そうと考えたに違いない。

朱華は陽羽(ひのは)を見つめ、口を開いた。

「恐れながら申し上げます。わたくしは皇宮に出仕するに当たり、風峯さまより龍帝陛下がここ数年体調不良であること、そして妃を一人も持たず御子もおられない事実を憂慮していることを告げられ、新たな龍帝の即位を望んでいると伝えられました。そのために華綾の采女として陛下に近づき、弑し奉るようにと」
「…………」
「しかしながら以前は確かにご不調であらせられた龍帝陛下ですが、このところ急激にお身体が回復しておられます。暗殺を計画する必要はないのではないでしょうか」

心臓がドクドクと音を立てる。

皇族という立場に高い矜持を持ち、これだけ高慢な性格なのだから、自分のような目下の者に意見をされれば陽羽は激怒するかもしれない。

そう思ったものの、朱華はどうしても言わずにはいられなかった。高天(たかあまの)(みかど)は公明正大な人物で、決して暗君ではない。

生きることに飽いていたあいだも(まつりごと)を投げ出したりはせず、近隣諸国とも良好な関係を築き、白桜国に太平をもたらしてきた人物のはずだ。

そんな彼の命を奪うのは、あまりに人道に(もと)る。ましてや懸念されていた体調も回復しつつあるのだから、今後世継ぎに恵まれることも充分期待できるに違いない。

そう考えながら陽羽の返答を待つと、彼女は薄く笑みを浮かべて言った。

「――それでは困るのよ」
「…………」
「妃や御子の有無に限らず、お兄さまにはさっさといなくなってもらわなければ困るの。だってこのわたくしが、玉座に座りたいのですもの」

朱華は驚きに目を瞠る。陽羽が言葉を続けた。

「白桜国が建国されて三〇〇年余り、龍帝の座は代々長子が継いできたわ。元々子が一人か二人しか生まれなかったせいで後継者争いがなかったようだけれど、出自が正しいのが条件なのであれば、わたくしも玉座に座る権利があるということよね?」

すると風峯がすかさず笑顔で声を上げる。

「もちろんでございますとも。星凛の君は先帝陛下の御息女、龍帝の御位を継ぐのに何の不都合もございません」
「そうですわ。むしろ健康で何人でも御子をお生みになることができる姫さまのほうが、よほど玉座にふさわしいと存じます」