彼女が鼻で笑い、そう答える。
顔を隠したまま二人の会話を聞いた朱華は、心の中で「やはりこの方は、星凛の君なのだ」と考えていた。
この国の皇帝は十二代龍帝・高天帝だが、彼には妹が一人いる。名を陽羽といい、高貴な血筋の者は直接真名を呼ぶことが失礼だとされているため、通称〝星凛の君〟と呼ばれていた。
高天帝の十歳年下である彼女は現在十六歳で、美貌で知られる皇女だ。銀髪に赤い瞳の兄とは違い、黒髪黒瞳の陽羽は容貌に似通ったところはないものの、そのあでやかさは他国にも鳴り響き、多数の縁談が舞い込んでいるらしい。
彼女は宮廷行事の際には上座に近いところに座り、大勢の侍女の他に見目よい官人を何人も傍に侍らせているのが印象的だった。
朱華はこれまで一度も面識がなく、直接声をかけられたのは初めてだが、実際に接してみて感じたのは陽羽の並外れた高慢さだ。
確かに先代の龍帝夫妻が亡き今、高天帝の血を分けた妹はこの国でもっとも高貴な女性のはずで、風峯が平身低頭なのも頷ける。
だが高天帝は龍帝にふさわしい威厳はあっても決して尊大ではないのに比べ、彼女は気位が高く人を食ったような態度なのが明確な違いだった。
(千黎さまの妹であるこの方が、どうしてわたしを呼んだんだろう。風峯さまもこの場に来るだなんて、もしかして二人は繋がってる……?)
そもそも風峯は「早急に今上帝を退位させて新たな龍帝を即位させたい」と語っていたが、該当する人物を想定していることになる。
先帝は数年前に薨去しており、彼の直系の血族といえば高天帝と星凛の君しかいない。そんなふうに考えていると、陽羽がこちらを見下ろして口を開いた。
「――顔を上げなさい」
朱華が腕を下げ、そろそろと顔を上げたところ、彼女の冷ややかな眼差しに合う。陽羽が高く澄んだ声で問いかけてきた。
「あなた、自分がなぜここに呼ばれたのかわかっていて? 華綾の采女として皇極殿に潜入したあなたには、目的があったはずよね」
「……おっしゃるとおりでございます」
「そのために平民の身分から、わざわざ風峯の養女となったのよね? 首尾よくお兄さまに近づいて計画を遂行できる状況になっているのに、いつまでも決行しないのはなぜ?」
顔を隠したまま二人の会話を聞いた朱華は、心の中で「やはりこの方は、星凛の君なのだ」と考えていた。
この国の皇帝は十二代龍帝・高天帝だが、彼には妹が一人いる。名を陽羽といい、高貴な血筋の者は直接真名を呼ぶことが失礼だとされているため、通称〝星凛の君〟と呼ばれていた。
高天帝の十歳年下である彼女は現在十六歳で、美貌で知られる皇女だ。銀髪に赤い瞳の兄とは違い、黒髪黒瞳の陽羽は容貌に似通ったところはないものの、そのあでやかさは他国にも鳴り響き、多数の縁談が舞い込んでいるらしい。
彼女は宮廷行事の際には上座に近いところに座り、大勢の侍女の他に見目よい官人を何人も傍に侍らせているのが印象的だった。
朱華はこれまで一度も面識がなく、直接声をかけられたのは初めてだが、実際に接してみて感じたのは陽羽の並外れた高慢さだ。
確かに先代の龍帝夫妻が亡き今、高天帝の血を分けた妹はこの国でもっとも高貴な女性のはずで、風峯が平身低頭なのも頷ける。
だが高天帝は龍帝にふさわしい威厳はあっても決して尊大ではないのに比べ、彼女は気位が高く人を食ったような態度なのが明確な違いだった。
(千黎さまの妹であるこの方が、どうしてわたしを呼んだんだろう。風峯さまもこの場に来るだなんて、もしかして二人は繋がってる……?)
そもそも風峯は「早急に今上帝を退位させて新たな龍帝を即位させたい」と語っていたが、該当する人物を想定していることになる。
先帝は数年前に薨去しており、彼の直系の血族といえば高天帝と星凛の君しかいない。そんなふうに考えていると、陽羽がこちらを見下ろして口を開いた。
「――顔を上げなさい」
朱華が腕を下げ、そろそろと顔を上げたところ、彼女の冷ややかな眼差しに合う。陽羽が高く澄んだ声で問いかけてきた。
「あなた、自分がなぜここに呼ばれたのかわかっていて? 華綾の采女として皇極殿に潜入したあなたには、目的があったはずよね」
「……おっしゃるとおりでございます」
「そのために平民の身分から、わざわざ風峯の養女となったのよね? 首尾よくお兄さまに近づいて計画を遂行できる状況になっているのに、いつまでも決行しないのはなぜ?」
