どこか面白くなさそうな響きの声を聞いた朱華は、高く上げた両の袖で顔を隠したまま挨拶をした。

「お初にお目にかかります。華綾の采女として出仕しております、朱華でございます」

すると彼女が突然手にした紈扇(がんせん)(ふち)で朱華の頬を打ち、居丈高に告げた。

「口を閉じなさい。一体誰が勝手に話していいと言ったの? お兄さまに気に入られているからって、ずいぶん調子に乗ってるのね」

まさか頬を打たれると思わなかった朱華は、驚きに言葉を失くす。
女性が目の前の(ながいす)に腰掛けると、若い官人が後ろに来て団扇(うちわ)で風を送り始めた。彼女が言葉を続けた。

「下賤の者は、これだから嫌よ。高貴な人間に目をかけられれば、路傍に転がる石に等しい身分でも偉くなった気になるのかしら。図々しいったらないわ」
「…………」
「まあ華綾の采女なんて、お兄さまのお手が付くのを待っている性根の卑しい女たちの集まりだけれど。あなた、一人だけ呼び出されているのですってね。他の者を出し抜くことができて満足?」

彼女の言葉には毒があり、朱華は「そうだ」とも「違う」とも言えず沈黙する。
下手に口を開けば叱責されると思ったからだが、この様子だとこちらがどんな反応をしても不興を買いそうだ。

そのとき部屋の扉が開き、風峯が現れる。彼は戸口で礼を取り、女性に向かって告げた。

星凛(せいりん)(きみ)、ご機嫌うるわしゅう。ご健勝であられますことを心よりお慶び申し上げます」
「このわたくしを待たせるだなんて、あなたはいつからそんなに偉くなったの、風峯」
「面目ございません。お待たせするつもりは毛頭なく、急ぎ馳せ参じた次第です」

風峯は平伏したままの朱華に視線を向け、「ところで」と言葉を続ける。

「その者が、何か粗相をいたしましたか? 平民の出身ゆえ、尊き血筋であらせられる星凛の君は同席するのも厭わしくお思いでしょうが、どうかご容赦を。この先有用な使い道がございます」
「わかっているわ」