朱華は戸惑い、彼女に向かって問いかけた。

「失礼ですが、主とは一体どなたでしょう」

高天(たかあまの)(みかど)が呼び出すときは、いつも決まった小姓が呼びに来る。

女官の顔にはまったく見覚えがないが、着ているものの様子からかなりの貴人に仕えていることが予想された。
彼女はニコリともせずに踵を返し、淡々と告げる。

「わたくしについてくればわかります。くれぐれも粗相のないように」

皇宮・常世宮(とこよのみや)の敷地内にはさまざまな宮殿が立ち並んでいるものの、朱華はそのすべてを把握しているわけではない。

皇極(こうきょく)殿(でん)を出た女官は、慣れた足取りで皇宮内を歩いた。そして東側にある宮殿の前までやって来て、朱華は門に掲げられた扁額を見上げながら考える。

碧霄宮(へきしょうぐう)? ということは……)

出仕した当初に受けた講義では各宮殿の名称、そして皇宮内に住まう皇族の名前を覚えさせられたが、その中の一人を思い出した朱華は目を見開く。

なぜ彼女が、自分を呼び出したのだろう。用件をあれこれと思い浮かべ、じわじわと緊張が募る。

建物の中に入り、磨き上げられた廊下を進むと、多数の女官と行き会って使用人の数が多い宮なのがわかった。

やがて通された部屋は豪奢な内装で、異国から仕入れた調度や骨董の壺、茶器などが並び、女性らしい雰囲気に満ちている。

しばらく待つと扉が開き、数人の侍女を引き連れた若い女性が現れた。

(あ、……)

彼女は十代後半で、朱華と年齢が同じくらいに見えた。

薄色の大袖に柳色の()を合わせ、紅葉色の灰纈(はいけつ)染めの領巾を肩から掛けた装いは貴人らしく華やかだったが、何より目を引くのはその容貌だ。

長い睫毛に縁どられた目は大きく、綺羅星のごとく輝く瞳に皇族らしい気位の高さがにじんでいた。

整った顔立ちは男なら誰もが振り返るほど美しく、大輪の花を思わせるあでやかさで、額に描いた花子(かし)と紅を差した赤い唇がその美貌を引き立てている。

交心髷(こうしんけい)に結い上げた髪に銀で作った鳳冠(ほうかん)を飾り、宝石と珠で装飾した歩揺(ほよう)を何本も挿している様からは彼女の位の高さが如実にわかって、朱華はすぐに床に跪いて礼を取った。

するとこちらに歩み寄ってきた女性が、上から見下ろして言う。

「ふうん、あなたが最近のお兄さまのお気に入りなの」